僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


「悪い。困らせようとした訳じゃないんだ」
 そう言って、紫月さんは俺の頬を触った。
「あ」
 紫月さんの手が俺の涙で濡れていた。
「蓮はこれからどうしたい?」
 俺にティッシュを渡してから、紫月さんは首を傾げた。
「……どうしたいですか?」
 ティッシュを受け取りながら俺はただ紫月さんの言葉を繰り返した。
「ああ。親に許可とり行くのはいつがいいとか、転校したいとか、何かないか?」
「……転校ですか」
「ああ。このままあの学校通ってると、姉が蓮目当てで学校に来る可能性があるから、それも考えた方がいいと思う
「……俺、正直言うと、もう学校には行きたくないです」
 ティッシュで涙を拭いながら俺は言った。
 きっと学校に行こうとしたら、姉ちゃんに待ち伏せされた時のことと、倉庫でされたことを思い出してしまう。

「もしかして、待ち伏せされた?」
「え、何で、分かったんですか」
「蓮制服のズボンとネクタイで手足縛られてたから、学校で待ち伏せされてたか、あるいは家に着いてすぐにやられたかのどっちかと思って。いいよ学校は。蓮が行きたくないなら、行かなくても。蓮の好きにしたらいい。親の許可がとれれば、通信制の高校に転入することできるだろうし」

「……そうですか」
「ああ」
姉ちゃんの魔の手から逃れるためだけに、俺は転入するのか……。

「紫月さん、その……」
「何だ? 言ってみろ」

「……俺、姉ちゃんの思惑通りに動きたくないんです。きっと姉ちゃんは俺が転校をしようとするのも、同居の許可を得ようとするのも想定済みで、今頃その対策を練っていると思うんです。……俺は姉ちゃんの弟で、姉ちゃんの思惑通りに動く駒ではないんです。姉ちゃんにそのことを理解してもらうためには、転校しない方がいいんじゃないかと思ってて」

 俺は姉ちゃんに、口だけじゃなくて行動で示したい。俺は姉ちゃんの玩具じゃないことを。

「蓮、お前は強いな。偉いよ、あんなことをされたのに、姉に反抗しようとするなんて」
 俺は慌てて首を振った。
「そんなことないです」
 全然すごくない。
 これから学校に通う勇気もないくせに転校は嫌だなんてただの子供の我儘だ。
「そんなことある。俺が学校の送り迎えしてやろうか?」
「え。紫月さん、正気ですか?」
 送り迎えなんてしたら、ますます姉に目をつけられるに決まっている。
 それに、俺の送り迎えをするために仕事の時間を短くしたら給料が減るし。

「ああ、正気だよ」

「正気じゃないです」

「何でそう思う?」

「だって、こんな子供のわがままを受け入れても、紫月さんには何のメリットもないでしょう」
「お前を守れること自体がメリットだ」
『俺が弟さんの代わりだからですか』と思わず聞いてしまいそうになった。
 そう聞いて頷かれたら、傷つくのは俺なのに。
 やっぱり弟の代わりだと思われているのは辛い。同情とかで優しくされるよりはよっぽどいいけれど、それとは違う辛さがある。