「だって……」
紫月さんがしたことは善意の行動とはいえ、紛れもなく犯罪で。傍から見たら俺達は誘拐犯とその被害者でしかない。それに、俺と暮らしていたら紫月さんにだって危険な目に遭うかもしれない。
「じゃあ戻るか? あんな地獄みたいなところに。それでまた毎日暴力を受ける日々を過ごすか?」
コップにティーバッグとお湯を入れながら紫月さんは言う。
「……いっ、嫌です」
今家に帰ったら姉ちゃんに何をされるかわからない。もうこれ以上傷つきたくない。
「ならここにいろ。大丈夫だよ、俺はそのうち蓮の親にちゃんとお前を匿った理由を話して、同居の許可を得るつもりだから」
「でも」
「でもじゃねぇの。ほら、紅茶。これ持って、さっさとソファ行け」
「……ありがとうございます」
紫月さんからコップを受け取ると、俺はしぶしぶソファに腰を下ろした。
「蓮って本当にフルーツ好きなんだな」
コップを持った紫月さんが俺の隣に来て言う。
紫月さんが持っているコップには、コーヒーが入っていた。
「……よく描いてたので」
「描いてた?」
紫月さんが俺を見る。
「果物のデッサンよくしてたんです。家の中で描けるものは限られていたので、食べ物を描くことがよくあって」
「ふーん。蓮から絵の話題振ってくれるとは思ってなかった。蓮、やっぱ絵描くの好きなんだな」
「もう描かないですけどね」
「いや、描くよ。お前は必ずまた絵を描くようになる」
「何でそんなことが言えるんですか?」
「お前が好きなように絵を描ける環境を俺が作るから」
紫月さんはそう躊躇もなく言った。
「そんなことが本当にできると思ってます?」
「ああ。できるに決まってる。なんせ相手はただの調子づいた若者なんだから」
「調子づいた若者なんかじゃないです、俺の姉ちゃんは」
「じゃあ何だ? 実の弟をいじめないと満たされない可哀想なガキか?」
「違います! 俺の姉ちゃんは……」
「まさかあんなでも最高の姉だなんて言う訳じゃないだろうな?」
「そうじゃないですけど……」
俺は顔を伏せた。
調子づいた若者とか、可哀想なガキとかいう有り触れた言葉では言い表せない。他に相応しい言葉が思いつくのかと言われれば、そんなことはないけれど。



