「蓮、ついたぞ」
誰かが俺の肩を揺らした。
「んっ」
瞼を開くと、運転手席から身を乗り出して俺の顔を覗き込んでいる紫月さんと目が合った。
「おはよ。よく眠れたか?」
「はい。すみません、いつの間にか寝ちゃっていたみたいで」
「気にするな。朝まであんなところにいたら、睡眠が浅いに決まっているからな」
「……はい。ここどこですか?」
「立川」
どこまでも逃げようといった割には、そんな遠くなかった。
東京都立川市。
俺の家がある東大和から、電車で三十分くらいかかるとこだ。
「どこまでもっていった割に立川なんですね」
「なんだよ、立川じゃ不満か?」
「いえそういうわけじゃないですけど、盛大なことを言った割には近いなあと思って」
「うるせぇ。ああ言う時はかっこよく言うもんだろ。立川って言ったらしまらねぇ」
なんだそれ。
「……紫月さん漫画の見過ぎじゃないですか」
「悪かったな、漫画の見過ぎで。どうせ俺は漫画ばかでブラコンだよ」
紫月さんが開き直った態度で言う。
「いやそこまで言っていませんけど」
「あーもううるせぇ!いいから早く行くぞ」
「え、どこに行くんですか?」
「俺の部屋。ここの二○五号室」
そう言うと、紫月さんはシートベルトを外して車を降りた。
「え、ここに紫月さんの部屋あるんですか?」
「ああ」
紫月さんの後に続いてシートベルトを外して車を降りると、目の前に三階建てのマンションがあった。
マンションは薄ピンク色の無地の壁が綺麗で、三階建てだからかエレベータがなかった。
漫画喫茶の店長ならお金もあるだろうし、てっきりタワマンとかにでも住んでいるのかと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
階段を二階まで登ると、紫月さんはズボンのポケットから取り出した鍵でドアを開けて二○五号室の中に入った。
「お邪魔します」
小さな玄関を抜けた先にある廊下の右側に部屋が二つ並んでいた。左側に洗面所と風呂場が一緒になっている部屋があって、その隣にもう一つドアがある。
……結構広いんだな。
「ここはトイレな。で、お前の部屋はとりあえずそこ。八歳まで弟が使ってた部屋だから教科書とか少しだけ残ってるけど、逆にいうとそれくらいしか残ってないから、使いやすいと思う」
紫月さんは風呂場の隣にあるドアを顎で示した後、廊下の右奥にある部屋を指さした。



