「だからって俺と暮らさないほうがいい。いくらだってやりようはあるだろ、親がダメなら、学校の先生を頼るとか」
「紫月さんが完璧じゃないことくらい、俺だってわかってます。それでも俺が紫月さんがいいと思ったのは、紫月さんのことなら信じられると思ったからです!」
 大抵の人は同級生で、同じように虐待を受けていたからって、弟の代わりだなんて思わない。
 それでも俺はそんな紫月さんだから、家族のことをそんな風に大切にしている紫月さんだから、信頼できると思った。
 俺を弟だと思っているって聞いた時はびっくりしたけど、それでも、そんな紫月さんなら絶対に俺を大切にしてくれるって、姉ちゃんみたいに俺に暴力を振るわないって思えたから、俺は紫月さんを信じることができたし、紫月さんが神様に見えた。
 紫月さんと一緒に、生きていきたいと思えた。


「……俺と一緒にいたら絶対に幸せになれないぞ」
「またそんなこと言って。未来なんてわからないって言ったのは紫月さんじゃないですか」
「ハッ。確かにそうだな。後悔しても知らないぞ」
 そう言うと、紫月さんは首にかけていたストラップについている車のキーのボタンを押してから、駐車場の端にあった黒いセダンのそばに行った。
「乗れよ、蓮。犯罪の方棒を担ぐ気があるなら」
 紫月さんは開き直ったかのようにそう言って、助手席のドアを開けた。
 セダンの中はどこもかしこも黒くて、煙草の吸い殻の匂いがした。黒くないのは灰皿に山のように積もっている煙草の吸い殻と、白いビニール袋だけだ。
「はい」
 俺は笑って助手席に座った。


「蓮、その袋の中に靴あるからとって」
 運転手席と助手席の間にある白いビニール袋を指差して紫月さんはいう。袋を開けてみると、中には黒いスニーカーがあった。
「うわっ、これ汚ねぇな。しょうがない、裸足でいいか」
 スニーカーを受け取ってから紫月さんは右足を上げて、不服そうにぼやいた。
 紫月さんの靴下はここまで靴を履かないで走ってきたせいか石や泥がたくさんついていた。
「俺の靴下履きます?」
 靴下の形容範囲は確か二十五から二十七だった気がするから、紫月さんでも大丈夫なハズだ。
「アホ。そしたらお前が裸足になるだろ。どっかで買うからいいよ」
「わかりました」
 俺がそう言うと、紫月さんは笑って俺の頭を撫でてから靴下を脱いで靴を履いた。
「蓮、袋こっち向けて」
 俺が袋を紫月さんの方に向けると、紫月さんは袋の中に丸めた靴下を投げ入れてから、運転手席の方に向かった。
 運転手席に座ってドアを閉めてから、紫月さんはシートベルトをした。
「じゃあ行くか。逃げよう、どこまでも」 
 シートベルトをした俺を見て、紫月さんは無邪気な笑顔で言った。
「はい!」 
 俺は笑って頷いた。