俺は吐瀉物にまみれているゴミ箱の袋を縛ると、それを手に持って部屋を出て、トイレに向かった。
 俺の部屋の手前にある姉ちゃんの部屋のそばにつくと、姉ちゃんの話声が聞こえてきた。
 ……まだ彼氏と電話しているのか。

 トイレに着くと、俺はすぐにドアを開けて中に入った。
 ゴミ袋を開けて吐瀉物を流していると、悪臭が鼻腔を掠めた。
「……くさ」
 匂いが酷すぎて、鼻が可笑しくなりそう。
 俺はトイレの窓のそばにあった消臭スプレーを持つと、それを自分の周りに満遍なくかけて、消臭スプレーを元の場所に戻してから、手に持っていたゴミ袋を縛り上げて、ゴミ箱に入れた。

 トイレを出ると、俺はその隣の風呂場と洗面所が一緒になっている部屋に行き、蛇口を回して手を洗った。
 
 ……姉ちゃん、まだ電話してるよな?

 蛇口の水を止めて、耳を澄ませて、隣にある姉ちゃんの部屋の様子を伺う。

 この部屋はトイレと、姉ちゃんの部屋の間に挟まれている部屋だから、姉ちゃんの様子を伺うにはもってこいなんだ。

 姉ちゃんの声がしない……?

「あーあ。楽しく通話してたのに、疫病神の足音聞いて、興がそがれちゃった」
 ドアは閉まっているのに、廊下にいる姉ちゃんの声がやたらよく聞こえた。
「どうしてくれんのよ、蓮夜」
 姉ちゃんがドアを開けて部屋に入ってきて、俺に近づいてくる。
「……ごめんなさい」
 俺は慌てて、姉ちゃんがいる方に振り向いて言った。
「謝って済んだら、警察は要らないんだけど?」
 そう言うと、姉ちゃんはポケットからカッターを取り出して、刃を出したそれをみせびらかしながら、ゆっくり俺に近づいてきた。

 ――マズい。
 逃げないと。

 でも、何処に?

 隣には浴槽とシャワーがあるし、真ん前からは姉ちゃんが迫ってくるしで、とても逃げられる状況ではなかった。