きっと俺が姉ちゃんに従っていたら、紫月さんは騒ぎに気付いて駆けつけてきた母さんに虐待のことを話して、同居の許可を得てから、俺を連れ出そうとしただろう。
「それはそうだけど、少なくとも俺があの時お前を救いたいって思ったのだけは嘘じゃねぇよ。だから気にするな」
「でも」
 俺のせいで紫月さんは犯罪者になってしまった。それなのに気にするななんて言われても、到底無理な話だ。
「でもじゃねぇの。それに俺、お前のこと助けるの遅かったから謝られる価値なんてないし」
「えっ」
「えっ、じゃねぇよ。蓮だって本当は気付いてんだろ。俺はカウンドダウンが始まる前にお前を助けることもできたのに敢えてそうしなかった。お前を助けるのを先延ばしにしたんだよ。俺はお前に一緒に生きてくれるかって言っておいてそんなことをしたゴミなんだよ」
 紫月さんは俺が気づいてないふりをしていた違和感を指摘した。それは俺が、敢えて紫月さんに聞かなかったことだった。本当は気付いていたけど、指摘したら終わりだと思っていた。絶対よくない答えが返ってくるとわかっていたから。だって紫月さんが俺を助けるのを躊躇う理由なんて、わかりきっている。

「カウントダウンが始まる前から俺はずっと考えてた。蓮は俺といても幸せになれないんじゃないかって。俺がお前の人生を壊しちゃうんじゃないかって!! そう思ったら助ける勇気が出なくて……」
 紫月さんはまだ怯えている。まだ怖いんだ、俺と暮らすのが。それが理由で俺を救うのを躊躇って、助けるのが遅くなったんだ。
「紫月さん」
「蓮、なんでお前はこんなゴミクズの手を取った。なんで助けるのが遅いのに気付いていたのに、気付いてないふりをした」
「紫月さんが神様に見えたからです」
 嘘じゃない。
 どんなに動機が不純だとしても、誰かと一緒にいるのが怖いと思っているとしても、紫月さんは紛れもなく俺の神様だ。だって紫月さんは俺を救ってくれた。俺は紫月さんがいなかったら、間違いなく死んでいた。
 紫月さんがいたから、俺はクローゼットから出られた。
 姉ちゃんに玩具だって言われても、きちんと言い返せた。俺は玩具じゃないって。

「何で。お前、俺が同居するかって言った時答えられなかっただろ。それなのにどうして俺が神に見えたんだ」
「それは、紫月さんが俺を弟さんの代わりだと思っているなんて、想像もしてなかったから」
「それがわかったのに、俺が異常者だってわかったのに、何でお前は俺の手をとったんだよ!」
 紫月さんの怒号に気圧されて、身体が一歩後ろに下がる。
 自分のことを異常者なんて言うなんて、本当に紫月さんはどこまで自分を卑下してるんだ。

「紫月さんがいなかったら、姉ちゃんの奴隷に成り下がっていたかもしれないからです! それだけが理由じゃ浅いですか。……正直言うと、俺はまだ紫月さんと暮らすのを迷ってます。でもそれ以上に、もう姉ちゃんと暮らすのは嫌だと思ったんです!」
 姉ちゃんを変えてしまったのは、悪者にしたのは俺だ。
 それでも実の弟を玩具呼ばわりする姉と一緒に暮らしたいなんて思えない。いつか更生してほしいとは、優しい姉に戻ってほしいとは今も変わらず思うけれど。