「ただいまー」
玄関の方から、母さんの声が聞こえてきた。
「誰か帰ってきたみたいだな」
「母さんみたいです。この格好で会ったらマズいので、俺着替えます。服、ありがとうございました」
姉ちゃんにされたことが母さんにバレたら、虐待が悪化してしまう。
俺はパーカーを脱いで、紫月さんに渡した。
「……蓮」
受け取ったパーカーを握りながら、紫月さんは俺の身体を見つめた。
「あ、こんなに傷だらけだと目のやり場に困りますよね。すぐ着替えるので、その間絵とか見てていいですよ」
「いや、いい。その怪我じゃ服を着るのも大変だろ。手伝ってやるよ」
「ありがとうございます」
紫月さんに礼を言ってから、俺は整理タンスのそばに行った。
「シャツとか、チャック付きのパーカーとかの方がいいんじゃないか?」
「そうですね。……これにします」
俺はタンスからチェック柄の赤いシャツを取り出して、紫月さんに手伝ってもらいながら、それに着替えた。
「ズボンとかも手伝うか?」
「いえ、たぶん一人で履けます。紫月さん、ちょっとあっち向いててくれます?」
タンスからズボンと下着とタオルを取り出してから、俺は言う。
「男同士なのに?」
「……でも、恥ずかしいので」
「ふーん」
そう言うと、紫月さんは俺から目を逸らして壁の方を向いた。
俺はタオルで身体を拭いてから、片手でどうにか下着とズボンを履いた。
「紫月さん、もういいですよ」
「ん」
紫月さんが後ろに振り向いた。
「連夜、いるー?」
――マズい。
姉ちゃんだ。
怖くて、手が震えた。
「蓮、もしかして」
俺の様子がおかしいのに気付いた紫月さんが、小声で言う。
「……はい。姉ちゃんです」
「母親だけ帰って来たんじゃなかったのか?」
「……たぶん、一緒に帰ってきたんだと思います。それで、ただいまーって声を出したら俺に警戒されると思ったから、言わなかったんだと」
「やり口が汚ねぇな」
俺は何も言わず、下を向いた。
「開けるわよ、疫病神」
姉ちゃんが部屋のドアノブに手をかける音がした。
「蓮、下がってろ」
「えっ、でも」
「いいから、俺の後ろにいろ」
俺は今にも消えそうなくらい小さな声頷いて、紫月さんの後ろに行った。
「クローゼットから出られたのね、疫病神。この人に助けてもらったの?」
姉ちゃんは部屋に入るとすぐにドアを閉めて、腕を組んで不満げに言い放った。
「そうだったらなんなんだよ。よくも閉じ込めてくれたな、このクソ野郎」
紫月さん、めちゃくちゃ怒ってる。
「なんでそんなに怒っているんですか?」
「自分の胸のうちに聞いてみろ、クソ野郎」
「……疫病神のことを、ずいぶん大切に思っているんですね」
「ああ、そうだよ。あんたと違ってな」
「疫病神とどういう関係なんですか」
「あんたの愉快な頭じゃ想像できないくらい大事な関係だよ」
紫月さんが姉ちゃんを挑発した。
多分紫月さんは俺を弟だと思っていることを伝えないために大事な関係だって言ったのだろうからそれは別にいいとして、愉快な頭はダメだろ!
姉ちゃんの顔が引き攣った。
怒らせてどうするんだよ、何をされるかわかったものじゃないのに!



