「蓮、本当にもう描かなくていいのか?」
ちゃんと答えられなかった俺を見かねて、紫月さんが言う。
「……紫月さんには関係ないですよね。俺が絵を描くかどうかなんて」
お節介をやかれるのが癪に触って、こんなことを言うつもりじゃなかったハズなのに、思わず口をついて出てしまった。
紫月さんは目を見開いてから、悲しそうに顔を伏せた。
「……悪い。俺に夢を諦めるななんて言われたくないよな。酷い現実から目を背けて、赤の他人のことを弟の代わりだと考えている奴に、説教なんかされたくないよな」
それは、あまりに自虐めいた台詞だった。
「そんなこと……」
「そんなことあるだろ。お前より、俺の方がよっぽど駄目な考え方してんだから。俺と比べれば、お前の考え方の方がよっぽどマシだ」
紫月さんは顔を上げると、自嘲的に笑った。
「……それでも、そんな紫月さんだから、俺は救われました」
「ハッ。俺だからなんてことないだろ。むしろお前は俺に助けられないほうがよかった。お前は最悪な当たりくじを引いたんだよ」
最悪な当たりくじって、自分をどんだけ卑下してるんだ。
「違います!確かに紫月さんの考えは、決して良いものではないと思います。でも俺は、姉ちゃんからの虐待のせいで人間不信をこじらせていて、ただの善意で人を助ける人を信頼出来ないんです。そういう人にすがったら、急に見捨てられるかもしれないから」
人を助けるのに理由はいらないなんて綺麗ごとだ。俺はそんな綺麗ごとには絶対にすがりたくない。
「その点、俺はお前を見捨てる心配がないから安心だって? おい蓮、そりゃあいくらなんでも買いかぶりすぎなんじゃないか?」
「え」
「俺だってお前を見捨てるかもしれねぇだろ。俺はお前を利用しているだけだ。弟が目を覚ましたら間違いなくそっちを優先するし、弟が死んだら、お前に何も言わずに姿を消すかもしれねぇぞ」
そんなの嘘だ。
「紫月さんはそんなことしないです」
「いいや、するよ。俺はそんくらいひどい奴なんだよ」
「違います! 紫月さんは、俺を傷つけるからって弟さんのことを話すのをためらいましたよね? それと同じです! 俺が傷つくってわかっているのに、そんなことをするわけ」
「わかんねぇだろ未来のことなんて!!!」
紫月さんは俺の言葉を渡って、声が枯れる勢いで叫んだ。
「……なんでそんなに自分を卑下するんですか」
「怖いからだよ、また何かを失う羽目になるのが。……俺は弟が倒れてから、恋人を作ったこともなければ、ペットを飼ったこともないんだよ。何かを手に入れようとするたびに、いつか手にしたものが零れ落ちてしまうんじゃないかって思うんだ。……今だってそうだ。俺は、いつかお前が誘拐されたり殺されたりすんじゃないかと思っている。虐待が解決しても、俺といたらいつかそういうことが起きるんじゃないかと思っている。そう思っているからお前を突き放そうとしてるのに、お前はそんな俺の努力をことごとく無駄にしてるんだ!」
鈍器で頭を殴られたかのようなものすごい衝撃に襲われた。まさかそんな言葉が返ってくるなんて思いもしなかった。
紫月さんは怖いんだ。何かを失うのが怖くてたまらないから、わざと自分のことを悪く言って、俺に嫌われようとしているんだ。そうすれば、万が一俺を失った時に悲しまないで済むから。
ちゃんと答えられなかった俺を見かねて、紫月さんが言う。
「……紫月さんには関係ないですよね。俺が絵を描くかどうかなんて」
お節介をやかれるのが癪に触って、こんなことを言うつもりじゃなかったハズなのに、思わず口をついて出てしまった。
紫月さんは目を見開いてから、悲しそうに顔を伏せた。
「……悪い。俺に夢を諦めるななんて言われたくないよな。酷い現実から目を背けて、赤の他人のことを弟の代わりだと考えている奴に、説教なんかされたくないよな」
それは、あまりに自虐めいた台詞だった。
「そんなこと……」
「そんなことあるだろ。お前より、俺の方がよっぽど駄目な考え方してんだから。俺と比べれば、お前の考え方の方がよっぽどマシだ」
紫月さんは顔を上げると、自嘲的に笑った。
「……それでも、そんな紫月さんだから、俺は救われました」
「ハッ。俺だからなんてことないだろ。むしろお前は俺に助けられないほうがよかった。お前は最悪な当たりくじを引いたんだよ」
最悪な当たりくじって、自分をどんだけ卑下してるんだ。
「違います!確かに紫月さんの考えは、決して良いものではないと思います。でも俺は、姉ちゃんからの虐待のせいで人間不信をこじらせていて、ただの善意で人を助ける人を信頼出来ないんです。そういう人にすがったら、急に見捨てられるかもしれないから」
人を助けるのに理由はいらないなんて綺麗ごとだ。俺はそんな綺麗ごとには絶対にすがりたくない。
「その点、俺はお前を見捨てる心配がないから安心だって? おい蓮、そりゃあいくらなんでも買いかぶりすぎなんじゃないか?」
「え」
「俺だってお前を見捨てるかもしれねぇだろ。俺はお前を利用しているだけだ。弟が目を覚ましたら間違いなくそっちを優先するし、弟が死んだら、お前に何も言わずに姿を消すかもしれねぇぞ」
そんなの嘘だ。
「紫月さんはそんなことしないです」
「いいや、するよ。俺はそんくらいひどい奴なんだよ」
「違います! 紫月さんは、俺を傷つけるからって弟さんのことを話すのをためらいましたよね? それと同じです! 俺が傷つくってわかっているのに、そんなことをするわけ」
「わかんねぇだろ未来のことなんて!!!」
紫月さんは俺の言葉を渡って、声が枯れる勢いで叫んだ。
「……なんでそんなに自分を卑下するんですか」
「怖いからだよ、また何かを失う羽目になるのが。……俺は弟が倒れてから、恋人を作ったこともなければ、ペットを飼ったこともないんだよ。何かを手に入れようとするたびに、いつか手にしたものが零れ落ちてしまうんじゃないかって思うんだ。……今だってそうだ。俺は、いつかお前が誘拐されたり殺されたりすんじゃないかと思っている。虐待が解決しても、俺といたらいつかそういうことが起きるんじゃないかと思っている。そう思っているからお前を突き放そうとしてるのに、お前はそんな俺の努力をことごとく無駄にしてるんだ!」
鈍器で頭を殴られたかのようなものすごい衝撃に襲われた。まさかそんな言葉が返ってくるなんて思いもしなかった。
紫月さんは怖いんだ。何かを失うのが怖くてたまらないから、わざと自分のことを悪く言って、俺に嫌われようとしているんだ。そうすれば、万が一俺を失った時に悲しまないで済むから。



