紫月さんの言葉が容赦なく俺の心を射抜く。それはまるで、鋭いナイフみたいに。
「そっ、そんなこと……」
否定しようとして出した声は掠れていて、とても弱弱しかった。
「なあ蓮、描くのが好きならやめるなよ。人生は一度きりだ。姉なんかのために夢を捨てるなよ。本当は絵を描くのが好きで仕方がないんだろ?」
「……それは」
姉の言葉があったから、俺は絵と向き合うようになった。それからすぐに、俺は絵の奥深さを実感した。それは例えば左右対称に描く大変さとか、水をちょっと多くしたり少なくしたりしただけで色が変わる絵の具が生み出す何十種類もの色とか。あるいはこの世にないものを描がけるところとかとにかく絵にはいろんな魅力があって、俺がハマるのにそう時間はかからなかった。
本当は姉の言葉なんかただのきっかけにすぎなくて。
俺が絵を描き続けたのは、いじめなんかそっちのけで絵を描くようになったのは、その魅力にとりつかれたからだ。でもそれを認めたら、姉の言葉以外に絵を描く理由があるのを認めたら、描くのを続けたくなってしまう。また画家を志してしまう。そうなったらダメなんだ。俺は今、絵を自由に描ける環境にいないから。
絵を描いているのを見られたら、キャンバスを壊されるかもしれない。
スケッチブックを、ボロボロに引き裂かれるかもしれない。
紫月さんが俺を守ろうとしてくれても、きっとそういうことは起こる。そんなこと耐えられない。
そんな風にして心を引き裂かれるくらいなら、自分から絵を捨てた方がよっぽどマシだ。姉ちゃんに破かれた絵しか捨てられないから、捨てる勇気なんてほとんどないに等しいけれど。



