「俺には絵を描き続ける資格がないので」
「絵を描くのに資格なんていらな」
「いるんですよ。俺はその資格を持ってないんです」
紫月さんがいらないと言い切る前に、俺は言った。
「何でそんな風に思っているんだよ」
紫月さんが俺を怪訝そうな目で見つめる。
「俺が姉ちゃんの夢を壊したからです。……姉ちゃんは事故にあわなければ、まだダンサーを目指していたハズなんです。俺を庇いさえしなければ、きっと今頃ダンスの専門学校に通ってたハズなんです。俺は実の姉の将来を奪いました。そんな奴に、絵を描き続ける資格も画家を目指す資格もありません」
俺は絵を描いて、姉ちゃんはダンスをして夢を見ていた。それなのに俺はそれを壊してしまった。
「そんなわけないだろ! お前は逃げているだけだ! 本当は絵を描き続けたいと思っているのに、そうしたら姉に何をされるかわからないから描かないようにしてるだけだ! 蓮、好きなら手放すな! 夢を諦めるな!」
紫月さんが声を荒げる。
「どうしてですか」
「……俺は今でも時々考える。もし両親が死んでなくて、弟も元気な未来があったら、どんなだったんだろうって。俺があのままサッカーを続けていたら、どうなっていたんだろうって。二十六歳にもなってそんなことを考えるくらい、俺は未練たらたらだ。今夢を諦めたら、俺みたいなかっこ悪い人間になるぞ」
「親みたいに説教しないでください。紫月さんには俺の気持ちなんかわからないでしょう! 俺が絵を描いているのがバレたら、姉に何をされるかわかったものじゃない。もうあんな風に傷つけられるのは嫌なんです」
「それは俺がなんとかするから、夢は捨てるな! その歳で虐待なんかが理由で夢を諦めたら、絶対後悔するぞ!」
「……虐待なんかじゃないです。俺が画家を志したのは、姉ちゃんがきっかけなんです。家族で行った美術館にあった絵が、ダンスに夢中で、勉強もろくにしてなかった姉ちゃんを魅了させたから、絵を描くようになったんです。姉ちゃんは俺がもともと美術の成績がよかったのをよく覚えてて、モナ・リザを指さしながら、俺に言ったんです。『蓮夜はきっとこれよりもっとすごいものが描けるようになる。画家になって、私を個展の最初のお客様にしてよ』って」



