僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


「まぁでも、少しずつでいいからな」
 紫月さんは笑って俺の背中を撫でた。
 俺はこくりと頷いた。
 紫月さんが床を拭こうとして、姿勢を低くする。
「いった」
 紫月さんは突然、痛そうな顔をして右足を押さえた。
「えっ、もしかして、俺を助けた時にしたやつですか?」
「……ああ。ガラスで切った」
 そう言うと、紫月さんは所々が血で赤く染まっているズボンの右足の方をめくった。
 右足の膝から足首のところに斜線上の五センチくらいの深い傷ができていた。 
   
「うわっ、大怪我じゃないですか!なんで今まで我慢してたんですか!!!」    
 俺は思わず声を荒げた。

 よく見たら、紫月さんの足元とか部屋の床の所々に血がついていた。さっきまで同居の話に戸惑っていて周りに目を向けられてなかったから、汚れているのに気付くのが遅くなった。
「そんなの俺の怪我より蓮を助けることの方がよっぽど大事だからに決まってんだろ」
「……人のこと言えないじゃないですか」
「あ?」
「俺には自分を大切にしろって言ったくせに」
「……しょうがないだろ。俺も蓮と同じで、自分を大切にできないんだから」
「そうな」
 そうなんですかと言い終わる前に、思い当たる節があるのに気づく。
『――俺は自分の心を満たすために、お前を利用したクソ野郎だよ』 
 紫月さんの言葉が頭に浮かんだ。
 自分を大切にしている人が、あんな自虐めいたことを言うハズがない。

「紫月さん、タオル下さい」
「え? ああ」
 俺はタオルを受け取ると、切り傷ができている紫月さんの足をそれで巻いた。
「ありがとな。でも蓮、よかったのか? このタオル使って。これ以外に、床を拭くのに使えるタオルないんだろ?」
「……タオルなら、あります」
 俺は姉ちゃんの引き出しを触った。――怖い。タオルを使ったのがバレたらなにをされるかと思うと、とても恐ろしくてたまらない。

 身体中が震えて、冷や汗が頬を伝う。

「蓮、大丈夫。何かあったら、俺がお前を守るから」
 紫月さんが震えている俺の手をとって、引き出しを一緒に開けようとする。
「絶対ですか」
「ああ、絶対だよ」
 俺は紫月さんと一緒に引き出しを開けて、タオルを探した。