「……蓮、お前は姉に叶わない願望を押し付けている。そんなことをしても、辛いだけだぞ」
「じゃあどうしろって言うんですか!! 俺は姉ちゃんを悪人だと認めたくないんですよ!」
――願望だなんて、言われなくてもわかっている。
それでも俺は忘れられないんだ、姉ちゃんの優しいところを。
姉ちゃんは虐待をするまでは、俺にとっても優しくしてくれた。
俺の絵を毎日のように褒めてくれたし、好きな物だって買ってくれたし、俺が泣いてたら笑って励ましてくれた。それに俺を、身を挺して庇ってくれた。
本当に理想の姉だったんだ、事故が起こるまでは。
どんなにひどい虐待を受けてもそんな姉が戻ってきて欲しいと考えてしまう俺は哀れで、滑稽なのだろうか。
「……蓮、悪人だと認めたくないなんて言っている時点で、お前は姉のことを少なからず悪人だと思っているんだぞ」
「……そんなのわかってます。それでも俺は、姉ちゃんを捨てられないんです」
俺には姉ちゃんを警察に突き出す勇気も、姉ちゃんを置いてどこかに行く勇気もない。
「お前が捨てられないって言うなら、俺が捨てさせてやるよ。――俺と一緒に逃げよう、蓮夜」
一緒に逃げるだと……?
「え、何……言っているんですか?」
「俺と暮らそう、蓮夜。大丈夫だ、親の許可があれば、未成年と血のつながりのない大人が二人で暮らすのは犯罪じゃない」
「そういう問題じゃないです!! ……俺と紫月さんは、赤の他人なんですよ?」
母さんはきっと俺が姉ちゃんにされたことを話して、紫月さんと暮らしたいって言ったら反対はしないだろう。母さんは基本的に、俺の要望を叶えてくれる優しい人だから。でも、そういう問題ではない。
犯罪じゃないからって、親が反対しないからって二人で暮らすのは変だ。そんなの絶対に可笑しい。
「ああ、そうだな。確かに俺と蓮は赤の他人だ。でも、そこに何の問題がある?」
「何のの問題って……」
「俺と蓮が一緒に暮らしたら、どんな問題が起きるんだ? 言ってみろ」
「……近所の人に親子じゃないのに一緒に暮らしているのがバレたら、色んなことを聞かれると思います。『何で一緒に暮らしているんだ』とか、『犯罪なんじゃないのか』とか。俺を無理矢理元の家に帰らせようとする人とかも現れると思います」
「それくらいなんとかなる。お前を帰らせようとする奴がいたら俺が説得するし、犯罪だって言われたら、そうじゃないのをちゃんと説明したらいい。違うか?」
紫月さんは腕を組んで、毅然とした態度で言い放った。
「……それは、そうかもしれませんけど」
「なぁ蓮、頼むから、俺と一緒に逃げてくれないか? 俺はお前がこれ以上傷つくのは嫌なんだよ」
「何でそんな風に言ってくれるんですか?」
「……それは言えない。多分言ったら、お前を傷つけることになると思うから」
そう言って、紫月さんは髪をいじった。
「俺を、傷つける……? 不純な動機なんですか?」
「ああ、そうだよ。すげぇ不純だ」



