「蓮、とりあえずこれ着て」
紫月さんが羽織っていたパーカーを脱いで、俺に着せる。
俺が着ると、パーカーは萌え袖になった。
「ありがとうございます」
「ああ。少しデカいけど、ないよりはマシだろ? ちゃんとした服に着替えるのは、床を片付けてからだ」
「はい。……本当にありがとうございます、紫月さん」
「おう。ところで蓮、何で急に呼び方変えたんだ?」
「助けてくれた人を店長さんって言うのは、良くないかと思って」
「そうか」
そう言うと、紫月さんは笑って俺の頭を撫でた。多分、喜んでくれているのだと思う。
「蓮、この部屋にタオルあるか?」
「えっとたぶん……そこの引き出しにあると思います。姉の部屋なので、何段目にあるのかは分かんないですけど。……もしかして、姉のタオルで床を拭こうとしてます?」
俺はクローゼットの隣に置かれている引き出しを指さしてから、眉間に皺を寄せた。
「ああ」
「そっ、それはやめてください。それで床を拭いたら、俺が姉ちゃんに怒られます」
俺は慌てて首を振った。
「何でだよ」
「……姉ちゃんのタオルは、俺が使っちゃいけないんです。使ったのがバレたら、俺はきっと殴られます」
「はぁ? 何だそれ。蓮、警察呼ぶか?」
「……いいです、虐待の証拠ないですし」
「ある。さっきの言葉、録音した」
そう言うと、紫月さんはズボンのポケットからスマフォを取り出して、俺に見せた。
スマフォはフォルダ画面になっていて、そこの最新のムービーのところに、手足を拘束された俺が映っていた。
「何しているんですか!」
「だって証拠を手に入れるにはこれが一番楽だろ」
「それはそうですけど……」
「どうする? 警察呼ぶか?」
「……呼ばなくていいです。姉ちゃんが逮捕されるのは嫌なので」
顔を俯かせて、俺は言う。
「なんでだよ」
「……俺のせいですから。姉ちゃんは俺のせいであんな風になったんです」
俺は紫月さんに、姉が虐待をしてくるようになった原因を話した。
「蓮、それはお前のせいじゃない。不慮の事故だ」
「……確かにそうかもしれませんね」
「そうかもじゃなくて、そうなんだよ! 何で姉が逮捕されるのが嫌なんだよ! お前が受けているのは、理不尽な暴力なんだぞ!」
俺の両肩を掴んで、紫月さんは叫んだ。
「……だって警察に逮捕されたら、姉ちゃんはますます俺を恨むじゃないですか。そうなったらきっと、姉ちゃんが俺に優しくしてくれる日は二度と訪ずれません。……そんなの絶対に嫌です。あんなでも俺の姉ちゃんですから」
あんなでもなんて言っている時点で、俺は姉にろくに期待をかけられていない。いつか正気に戻るなんて、ろくに考えられていない。それでも、一縷の望みは捨てられない。
奇跡が起きて欲しいと、優しかった姉に戻って欲しいと思わずにはいられない。



