「そんな簡単に決めていいの?」
言うのを躊躇っていたのがバカらしくなるくらい、決断が早かった。
「ああ。蓮夜が我儘を言うのはレアだからな。親が子供の我儘を叶えないわけにはいかないだろ? それに別に、蓮夜のお母さんと暮らしたくないとは思わないから」
思わないのか?
「え、本当に?」
「ああ。思わねぇよ。ただまあ、お母さんにはもっともっと、蓮夜を大切にしてするようになって欲しいとは思いますけどね」
お母さんのことを偽善者だと思っているからか、紫月さんはそんなことを言った。
「もちろん、蓮夜のことはもっと大切にするつもりです」
「え、じゃあ、母さんも?」
紫月さんの言葉に頷いたってことは、俺の我儘を受け入れてくれるってことだと考えていいんだよな?
「うん。四人で暮らそうか、蓮夜」
「う、うんっ!!」
紫月さんと母さんの腕を掴んで、俺は叫んだ。
「紫月さん」
「はい」
「蓮夜を養子にするなら、一つだけお願いがあります。子供は、作らないでください」
「え?」
内容に戸惑って、俺は思わず母さんを見た。
「紫月さんの婚約者さんに子供ができて、紫月さんがその子の世話ばかりをするようになったら、きっと蓮夜は自分から紫月さんから離れようとしてしまうと思うんです。蓮夜がそういう考えを持つようになったのは、親の私と飾音のせいです。なので、意図せずに子供ができてしまった場合は、私が紫月さんのそばに居るように蓮夜に言います。でも、できる限り子供は、作らないようにして欲しいんです」
紫月さんが自分以外の誰かの世話をするようになったら、確かに俺は、トイレに逃げ込んだあの時みたいに、自分から逃げてしまうかもしれない。どうせ捨てられるなら、捨てられる前に逃げた方が楽だから。
「作りませんよ、子供は。蓮夜が寂しがり屋なのは、俺もよく知ってますから」
紫月さんが、俺の左手を握った。左手を見てから紫月さんを見ると、紫月さんは優しそうな顔で、俺に笑いかけた。頬にエクボができている。
「本当にいいの?」
紫月さんはまだ二十六歳だし、鈴香さんなんてまだ、二十二歳だ。それなのに、今子供を作らないなんて決めていいのだろうか。そんなことをしたら、今は大丈夫でも、いつか子供が欲しくなった時に後悔するのではないだろうか。
「ああ、いいよ」
「後悔しない?」
「蓮夜だけが俺の子供だから。それに俺は多分、小さい子を育てたら、弟を思い出しちゃうから」
弟さんのことは、俺にしか聞こえない声量で言っていた。
紫月さんは弟さんが八歳になるまでしか、弟さんとたくさん触れ合った記憶がないから確かにそれはそうなのかもしれない。
「ありがとう」
俺だけだと言ってくれたことが嬉しくて、心がポカポカした。
きっと弟さんの記憶は、紫月さんの頭の中から一生なくならない。紫月さんはこれからも、時折弟さんを思い出して、涙を流すだろう。それでも俺はもう少なくとも、弟さんに嫉妬をすることはないだろう。そう確信できるくらい、紫月さんは俺のことを考えてくれているから。俺は口角を上げてから、しっかりと手を握り返した。紫月さんの温もりが、手から伝わってくる。温もりを実感できて、すごく安心した。



