僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


 紫月さんはキャンバスを拾うと、それを机の上に置いた。

「クソ姉、この絵を見て、何か思うことはあるか?」

「蓮夜、あんた、こんなに絵下手だった?」

 絵を見て、姉ちゃんは言った。やっぱり、下手になっているのに気づいたか。

 スキニーを履いて、蝶の柄の丈が短い半袖を着ている姉ちゃんを俺は描こうとした。けれど、目を瞑っていたせいで、俺は蝶の羽の鮮やかさを描くことが出来なかった。

「下手になったんだよ! 俺は絵に関しては素人だし、蓮夜のコアなファンだったわけじゃないから、蓮夜がどれだけ下手になったのかなんてわからない。でも、長年絵を見ていたお前になら、よくわかるだろ? 蓮夜はお前のせいで、目を瞑らないと、絵を描けなくなった。立派な被害者なんだよ!」

 姉ちゃんの瞳から、涙が零れた。


「被害者だからなんだって言うのよ。あんたは私と違って、手も足も動かせるでしょうが! 何で、どうして。あたしはあの日、あんたを庇おうとしただけなのに。それなのにどうして、あたしは手も足も動かせるのに、あたしはまともに指を動かすことすらできなくなったのよ! あたしはただ、弟を守りたかっただけなのに」

 姉ちゃんは神様が自分に下した仕打ちに腹を立てるかのように、思いっきり地団駄を踏んだ。

「あんたを見ていると腹が立つ。手足をまともに動かせているあんたを見ているだけで腹正しくなって、人生をめちゃくちゃにしてやりたくなる」

 言っていることがひどすぎる。

「俺は姉ちゃんの玩具じゃない。ムカつくからって、傷つけないでよ!」

「飾音、ムカついたからいじめようじゃ小学生の思考だ。姉ならムカついても、それを押さえ込んで、弟に優しく接してやれ。世間の姉は、きっとほとんどがそうしている」

「うるさい! あんたに何が分かるって言うのよ!」
 紫月さんにまであんたって言った! ああ、もうダメだ。ああいえばこう言う。一向に、聞く耳を持ってくれない。

「はあ。お前がそんな態度なら、これはいらねぇな。処分だ」
 キャンバスを机の上からどかして、そう紫月さんは言った。

 え、俺の絵を捨てる? 

 紫月さんは俺と目が合うと、優しい手つきで、手を握ってきた。もしかして捨てると言ったのは、何かの作戦で、本当に捨てる気ではないのだろうか。

「本当に捨てるの? 別に捨てなくたっていいじゃない」
「いや、捨てた方がいい。蓮夜はお前のためにこの絵を描いた。それなのにこの絵でお前の心が動かないなら、これがある意味なんてないからな」

「それでもせっかく時間をかけて描いたのだから、捨てなくたっていいでしょ」

「何で止めるんだよ。飾音、お前って変だよな」

「は? 何が変だって言うのよ?」

「お前は、あるものだけは決して、虐待に使おうとも、捨てようともしなかったよな」
 あるもの?
「キャンバスに、絵の具が入った箱と、絵の具そのもの。それとバケツと、イーゼルと筆。お前は、そういった絵に関するものだけは決して、虐待の道具に使おうとも捨てようともしなかったよな。お前がそうしていたのは、本当は蓮夜の夢を応援しているからじゃないのか?」