僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい



「お義父さんはちゃんと、弟さんを守ったんだよ」
 紫月さんの耳に顔を寄せて、囁く。
「な、何でそんな風に言えるんだよ」
「俺はお義父さんが弟さんを思っているのをずっと見ていたから」
 俺は何度も、紫月さんが弟さんを大切にしているのを実感した。それこそ、そう感じるのが嫌になるくらいに。それなのに紫月さんが弟さんを守れてなかったわけがない。

「蓮は、幸せだったと思うか」
「うん、とても幸せだったんだと思うよ」

「……ごめん。散々隠し事して、嘘もついて」
 都外って言ったことと、ボールネットのことを言っているのかな。 


「ううん、大丈夫。お義父さんが元気になってくれて、本当によかった」
「怒んないのか」

「うん、怒んないよ。でも何で縄のことを隠していたのかは教えて欲しいかな」
「……隠しておけば、俺の心の中にだけ留めておけば、いつかボールネットなのを忘れられると思ったんだよ。友達がくれたのも嘘。金のない両親がスポーツ用品店から盗んで、蓮と一緒に、縄でボールネットを作って、盗んだボールをその中に入れて渡してくれた。俺が、十二歳になる日に」

「は? 嘘だろ」
「え、お義父さん、そんなの貰ってたの?」

 英輔と俺を見てから、首を一回だけ動かしてから、紫月さんはまた口を開いた。

「もらった翌日に、店まで返しに行ったけどな。俺は全部隠した。蓮が両親を殺したことも、誕生日のプレゼントが盗品なことも。俺の両親はギャンブル好きの酒飲みで。そのせいで身体が弱っていたから、八歳の蓮でも殺しやすかったんだよ。縄を見た瞬間に、俺はそのことに気づいた。それなのに、忘れたかったから、お前らに言わなかった」

 忘れたかったのに忘れられなかったから、あんなに泣いていたし、作り笑いもしていたのか。

「……ごめん。ごめんなさい」
 紫月さんが俺と英輔を見つめながら、震えた声で言う。

 謝罪の言葉は、俺と英輔に謝っているようにも、弟さんに謝っているようにも聞こえた。
 謝らなくていいよとは言えなかった。盗品を弟の友達のものだって言うのはとんでもない嘘だから。紫月さんを責めることも、俺にはできなかった。虐待をしてくる人がくれた誕生日プレゼントがよりによってそんなものだったら、きっと俺でもそのことを隠そうとしたのではないかと思ったから。

「お義父さん、頑張ったね」

 誕生日プレゼントにそんなものをもらうことも、親が死んだのを目の前で見ることも、弟が植物状態になっているのを見ることも。そして何より、弟が人を殺したのを実感することも、地獄にいるかと思うくらいひどいことだったハズだ。それなのに紫月さんは今日まで、自殺しないで生きていてくれた。紫月さんがそうしてくれて本当によかった。

「うっ、うっ、うう」
 紫月さんが、泣き腫らして真っ赤になっている顔を、俺の胸に埋める。紫月さんの涙で、ワイシャツが濡れた。たぶんワイシャツだけじゃなくて、インナーも濡れている。
 紫月さんはそのまま三十分くらい、俺の胸に顔を埋めていた。そんな紫月さんを見て、英輔はくすりと笑った。
 ん? 英輔の目の下が光っているように見えた。涙だ。
 俺と紫月さんだけじゃなくて、英輔も泣いているのが嬉しくて、俺はつい、口角を上げた。