僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


 紫月さんが教員の人にしたのは、とんでもないお願いだった。赤の他人が借金の肩代わりなんてしてくれるわけがない。


「俺、本当にバカだよな」
 キャンバスを見ながら、そう紫月さんは言った。英輔が紫月さんにキャンバスを渡す。

「何で今、話してくれたの」
「今話さなかったら、一生隠しそうだったから」
 スポーツ推薦がかかった試合だったことは、嘘ではなかった。学費が免除されるのも、多分本当のことだったのだろう。

 紫月さんは車の後ろのドアを開けると、そこにキャンバスを置いた。

「金をくれるなら誰でもよかったんだよ。それこそ、赤ん坊でもよかった」
 キャンバスに描かれている両親の顔を触りながら、紫月さんは震えた声で言った。

 目頭が熱くなって、紫月さんの顔がぼやけた。

「お義父さん」

 バカじゃないとは言えなかった。

 ただの子供の我儘を赤の他人が叶えてくれるほど、現実は甘くない。俺の我儘は俺のことを紫月さんが弟の代わりだと思っていたから、ほとんど叶ったけれど、そんな風になることは滅多にない。十八歳なら、紫月さんもそのことはある程度理解していたハズだ。それなのに、紫月さんはそんな馬鹿げたお願いをしようとしたのか。

「こいつらを嫌いたかった。それなのにずっと嫌いになれなくて、俺はあの写真たてを見るたびに、後悔に苛まれてる」

 キャンバスを見てから、紫月さんは下を向いた。


「お義父さん、もういいよ」

「え?」

「もう親を嫌いになろうとしなくていいし、後悔だってしなくていいよ。弟さんはお義父さんのことを絶対に恨んでないから」

 俺はそう確信していた。

「何でそんなこと言えるんだよ。俺が家にいたら弟は絶対、親を殺してなかったのに」
「それが恨む理由にはならないから。お義父さん、弟さんに嫌われるようなこと一切してないじゃん。それなのに恨む方がどうかしてるよ」

「お前俺が弟といた時のこと知らないだろ」
 下を向いて、小さな声で紫月さんは言った。
「うん、知らないよ。でも俺、知ってるよ」
「何を」

 紫月さんは身体を小刻みに震わせていて、大粒の涙を流していた。