僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


「蓮夜あの絵、どんな風にアレンジする?」
 美術室を出たところで、英輔は言った。

「本当に、アレンジでいいのかな」
 歩きながら言葉を返す。

 アレンジは良い案だと思う。でも多分、紫月さんが一番喜ぶのは弟さんの絵だから。
「いいよ、アレンジで。描きたくない絵は、描かなくていいから」

「え?」
 描きたくない絵?
「蓮夜さ、本当は義勇さんの弟の絵なんて描きたくないだろ?」
 心臓が鋭い刃物で抉られたような気がした。

「え、そんなこと……」
 ないとは言えなかった。
「なくないな? はぁ。そんなことだと思った」
 俺を一瞥しながら、英輔はため息を吐いた。

「どうして」

「だって、義勇さんは弟がいるから、蓮夜のことを一番大切だと思ってくれてないんだろ? それなら蓮夜からすれば、弟は邪魔者みたいなものじゃん」
 思考を見透かされているような気がした。英輔の言う通りだ。俺は紫月さんの弟さんが嫌いだ。紫月さんを散々泣かせているくせに、いつも紫月さんからの愛を真っ先に受け取っている弟さんが腹立たしい。

「邪魔だなんて思ってない。でも、『俺が弟だったらいいのにな』とは思う」
 紫月さんの最愛の人を嫌っていることを隠したくて、ついオブラートに包んだ言い方をしてしまった。

「だったら弟の絵なんて描かなくていいんじゃねぇの? 好きじゃない奴の絵なんて描いても楽しくないだろうし」

「別に楽しくなくていい。俺はお義父さんが元気になってくれたら、それでいいから」
「あのなあ、つまんないって思いながら描いた絵で、人を喜ばせられると思うか? 少なくとも俺はそうは思わないぞ」

 俺に呆れるように、英輔は額に手を当てた。

「でも、お義父さんは」
 英輔は突然、俺の肩を掴んだ。

「それ! 義勇さんは、義勇さんはって! 蓮夜は義勇さんを中心に物事を考えすぎ! 目を瞑ってだけど、やっと絵を描けるようになったんだから少しは自分が思った通りに、好きなように描けばいいじゃん。そうしないと、義勇さんも穏やかな気持ちで絵を見られないんじゃないか? 義勇さんは確かに超ブラコンだけど、蓮夜が自分のために好きじゃない人の絵を描いたことに気づかないほど、鈍くはないだろ」
 返す言葉もなかった。英輔の言う通りだ。こんな気持ちで弟さん絵を描いたら、きっと絵を見られた瞬間に、紫月さんに弟さんを好いていないのが伝わってしまう。そんなの絶対ダメだ。
「どんな絵なら良いのかな」
「蓮夜が描きたい絵でいいんだよ」
「俺が、描きたい絵……」
 歩きながら、俺は呟いた。