僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


 姉のダンスは昔、神の踊りだと言われていた。神の踊りをする女の弟の手だから、神の手。安直なキャッチコピーだ。幼い頃は姉と一緒だと言ってそれを喜んだけれど、今は全然喜べない。姉ちゃんはあの事故のせいでもう二度と踊る気がなさそうだし、神に例えられるのは、俺だけになってしまったから。

「そうなのか、すまない」
 矢野先生が申し訳なさそうに顔を伏せる。

「いえ、大丈夫です。俺、キャンバス用意してきますね」
 矢野先生と一緒にいるのが気まずくて、俺は逃げるように準備室にあるキャンバスを取りに行った。

「はあ」
 準備室のドアに寄りかかって、ため息を吐く。冷たく当たりすぎてしまった。
 姉のことや昔の絵のことを言われると、つい余裕がなくなっちゃうんだよな。姉ちゃんが俺に謝ってくれたら、そういう話をされても普通に返せるようになるのかもしれないけど、それは多分叶わない願いだ。

「……っ」

 姉ちゃんのことを思い出していたら、涙が溢れそうになった。俺は姉ちゃんのせいで、泣いてばかりだ。紫月さんは俺がそんな風だから、作り笑いをして、俺に心配をかけないようにしてしまった。それなのに俺はいつまでも泣き虫のままだ。一体どうしたら、この性格を変えられるのだろう。世界が地獄すぎて、泣くことだけを無駄に覚えてしまったこの体は、簡単に矯正できそうにない。俺はもっともっと、強くなりたいのに。強くなったら、紫月さんにもっと頼ってもらえるようになると思うから。

「山吹、大丈夫か?」
 矢野先生が準備室のドアを叩いた。
「あ、はい! 大丈夫です!」
 しまった。準備室に入り浸りすぎた。キャンバスを手に取ると、俺は慌てて準備室を出た。両手が塞がってしまって、イーゼルは持つことができなかった。俺のアホ。せめて鞄を置いてから準備室に行け。

 俺は美術室の窓際にあった机を使ってキャンバスを支えてから、イーゼルをとりに準備室に行った。イーゼルを椅子の前に立てて、その上に机のそばにあったキャンバスを置いたら、緊張して体が震えてしまった。

「よろしくお願いします!!」

 グラウンドから大きな声が聞こえた。一体何かと思ってグラウンドを見ると、サッカー部の部員達が二つのチームに分かれて、試合をしようとしているのが目に入った。コートにいる英輔が俺に手を振って、口を大きく動かす。『蓮夜、頑張れ』と言ってくれているように見えた。英輔の言葉に頷いて、口パクでありがとうと言葉を返す。