僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい

 英輔、すごくフレンドリーだったな。話しやすかった。

 窓の鍵を閉めてから、グラウンドを見る。英輔のことが気になって、俺はまたサッカー部を見た。
 英輔はサッカーボールを足で受け取ると、それをゴールに向かって、思いっきり蹴った。また、ゴールに入った。やっぱり上手い。紫月さんも、あんな感じだったのだろうか。英輔が俺の視線に気づいて、手を振ってくる。俺は笑って、手を振り返した。

 俺も部活、頑張らないと。

 鞄からスケッチブックとペンケースを取り出す。俺は身体の震えを無視して、スケッチブックをめくった。何も描かれてないページの上にシャーペンを置いたら、力の加減ができなくて、シャーペンの芯が折れた。芯を出して、もう一度ページの上に当ててみる。また折れた。
 やっぱり描けない。
 描こうとするたびに、姉ちゃんが俺を攻め立てている姿が頭をよぎってしまう。

『絵の才能も、絵を不自由なく描ける手も、蓮夜は持ってる! でもあたしは、あの事故のせいで何もかも奪われた‼︎ あたしは、ダンサーになるのが夢だったんじゃない! あたしは、ダンサーになるハズだったの! 夢だったのはとっくの昔! あたしは、夢が叶う寸前まで行ってた! それなのにあいつが、蓮夜があたしの人生を、ぶち壊した!』

 ガキのわがままのような言葉。でも果たして、実の姉にそんなことを言わせるような原因を作った俺に、もう一度絵を描く権利はあるのだろうか。紫月さんが『あるに決まっているだろ』という声が、聞こえた気がした。

俺の思考は面倒くさい。姉が怒るのは自分のせいだと思うことに慣れすぎて、無意識のうちにそう考えてしまうから。紫月さんに散々否定されたのだし、もうその考え方はやめようと思っても、全然やめられないから。

 描けないからって何もしていないとサボっていると思われるかと思ったので、俺は準備室に行って、絵の具の箱とパレットとバケツを一つずつ持ってきた。バケツには、筆が三本入っていた。バケツに水を入れて、それを机のそばに置く。

 箱から紫色の絵の具をとって、パレットに出してみた。絵の具を見ていたら、心が少しだけ穏やかになった気がした。紫色は紫月さんの色って感じがするから、見ていると安心する。