「蓮って、今年で高一だっけ?」
足置きの上に座った紫月さんが、テーブルの上にあったティシュを三枚ほどとって、そこに消毒液を垂らす。
「はい。いっ!」
消毒液がついたティシュを右腕にそっと押し当てられる。
消毒液がしみて、傷口が痛んだ。
「高校は楽しいか?」
「楽しくはないです」
俺は虐待をされるようになってから、友達を作らないようにしている。
その理由は俺が虐待をされているせいで友達が怪我をするなんてことになるのは、絶対にゴメンだからだ。
――友達がいないのに、学校が楽しいわけがない。
「ハハッ、だろうな。楽しかったら毎日漫喫なんてきてねぇよな」
「答え分かってるなら聞かないで下さいよ」
俺は投げやりにそう言った。
「悪い、悪い。ちょっとからかいたくなったんだよ」
紫月さんがティシュを持っていない方の手で俺がかぶっているキャップをとって、俺の頭を撫でる。
「あの、店長さん」
俺は消毒液のついたティシュをゴミ箱に捨てている紫月さんに声をかけた。
「ん?」
紫月さんは包帯を手に取ってから俺の顔を見た。
「仕事抜けてよかったんですか?」
「いんだよ。大して混んでなかったし、手当て終わったらすぐ戻るから」
足置きの上に座り込んで、俺の腕に包帯を巻きながら言う。
「そういう問題じゃないと思うんですけど。スタッフが怪我したならまだしも、俺客ですし。それなのに仕事抜けて手当するって、かなり変ですよ」
「そうか? 俺はお前がもう四年の付き合いなのに、いつまで経っても俺の名前を呼ぼうとしないことのほうが変だと思うけどな」
「それとこれは話が違うじゃないですか!」
「アハハッ! でけぇ声。お前、いつも自信なさげなのに、俺にからかわれたときだけムキになって声デカくするよな」
「……そんなことないですよ。たまたまです」
「じゃあ俺の名前は?」
「……店長さんの名前は紫月義優です。答えられないわけないじゃないですか、名札に書いてあるんですから」
「そうだよ。書いてある。それなのにお前はいつまで経っても呼ばない。俺が店長になる前も、店員さんとしか呼んでなかったし」
「……呼ばなくても別にいいじゃないですか」
俺が紫月さんと呼ばないのは、そうすることで壁を作っているからだ。
俺と紫月さんはあくまで客と店員で、それ以外の関係性はない。俺はそのことを忘れないために、紫月さんのことをあえて店長さんと呼んでいる。
「四年の付き合いなのに? お前壁作ろうとしすぎじゃないか?」
「えっ」
「えっじゃねぇよ。 名前は呼ばねぇし、学校のことも家族のことも話したがらないし、壁を作ろうとしてる感じがすごすぎんだよお前は」
「……店長さんはそんな感じが全然しないですよね。客の怪我の手当なんてしますし」
「そりゃそうだろ。接客業やってるんだから。客と壁なんか作ってらんねぇよ」
「……そうですか。それにしたって、客の怪我を手当するのは変だと思いますけど。なんで手当してくれてるんですか?」
「お前がただの客じゃないからだよ。四年もここに来てくれてる常連だから」
「それだけですか?」
「……さぁ、どうだろうな」
「……本当のことを教える気はないんですね」
「ああ、誰かさんと同じだ」
……俺のことか。
そう言われると、返す言葉もない。



