僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


 紫月さんがカウンターから出てきて、俺の隣に来る。
「蓮、腕怪我してんのか?」
「えっ。してないですよ」

 紫月さんは突然、俺の右腕を掴んだ。
「いった!!」
「悪い。十分だけ外すわ」
 カウンターにいるスタッフにそう声をかけると、紫月さんは俺の右腕から手を離した。
「はーい」
 スタッフは元気よく返事をした。
 ずいぶんあっさり承諾するんだな。

「蓮、ついてこい」
「……はい」
 俺はしぶしぶ頷いて、紫月さんの後をついて行った。
 紫月さんは、スタッフルームとかかれた部屋の中に入っていった。
 客なのにこんなところに入っていいのか?

「どうした? 早く入れよ」
「……はい」
 俺はか細い声で頷いて、中に入った。
 休憩室の入り口付近には十個くらいのロッカーがあった。隅には漫画喫茶によくある一人用の机とリクライニングの椅子と足置きが置かれていた。

「そこ座って」
 紫月さんは壁の方を向いている椅子の向きを反転させてから言った。
 俺がそこに腰を下ろすと、紫月さんは椅子の後ろにあった足置きを俺の目の前に持ってきた。

「袖まくって」
 紫月さんが足置きの上に座り込んで言う。
 俺はしぶしぶ袖をまくった。
「うわっ! かなり血滲んでんじゃねえか!」
 包帯が血で真っ赤に染まっていた。昨日の夜から包帯を替えていないせいだ。
「タオル水で濡らしてくるから、ちょっと待ってて。包帯とかあったかな……」
「包帯なら、俺持ってます」
「は? じゃあなんで今まで替えなかったんだよ。一人でできないなら先生に頼むとか、いくらでも方法は……」
「すみません、それはちょっと、できなかったです」
 先生に手当なんかしてもらったら絶対に怪我の原因を聞かれるに決まっている。それだけは無理だ。
「……ああそう。じゃあ消毒とタオル持ってくるから、ちょっと待ってて」
 俺が言いたくないのを察したのか、頭を書いて頷いた。
「……はい、すみません」
 俺が頷いたのを確認すると、紫月さんは立ち上がって休憩室を去っていった。
 包帯の他にタオルも鞄に入っていたことは話さなかった。もしまた姉ちゃんに怪我をさせられることがあったら、タオルがないと困るだろうから。

 紫月さんは三分くらいで濡れタオルと消毒を持って戻ってきた。
「包帯とるぞ。痛いと思うけど、我慢して」
「いた!」
「ひどい傷だな。刺されたのか?」
 紫月さんは眉間に皺を寄せながら、俺の血で赤くなっている包帯をゴミ箱に捨てた。
「……はい」

 机の上に包帯と消毒を置いてから、紫月さんは言う。
「……もしかして、同級生の奴らにいじめられているのか?」
「違います。……そうだったらよかったんですけどね」
 実の姉から暴力を受け続けるのと比べたら、同級生からいじめられることの方がよっぽどマシだ。
「よくねぇよ。いじめじゃないってことは家族がらみか?」
「……その質問には答えたくないです」
「はぁー。そんな言い方、答えを言ってるようなもんだぞ?」
 紫月さんがため息を吐いて、呆れた様子で言う。
「いっ!」 
 濡れタオルを傷口に雑に押し付けられた。多分、答えなかったせいで乱暴にやられたのだと思う。

「家族と仲悪いのか?」
「……良くはないです」
「そうか」
 そう言うと、紫月さんは立ち上がって、血で汚れたタオルをゴミ箱に捨てた。