どこからか煙草の匂いがして、俺は思わず目を覚ました。体を起こして、辺りを見回す。どうやら俺は、キングベッドの真ん中のところで眠っていたようだ。
 二人で泊まっているのに、なんでキングベッドなのだろう? 昨日の夜は疲れていてベッドの大きさなんて気にもしないで寝てしまったから、今更そんなことを思った。

「おはよう、蓮夜。悪い、起こしたな」
 ベッドの前にある三人掛け用のソファに座っていた紫月さんが、俺に声をかけてくる。紫月さんはやっぱり煙草を吸っていた。

 ソファの前にはテーブルとテレビが置いてあって、テーブルの上には、灰皿が置いてあった。

「いえ、大丈夫です。おはようございます。この部屋のベッドって、キングベッドだったんですね」

「ああ。俺怪我のせいで車の運転も歩行もあんまできないから、親戚の人にここまで迎えに来てもらって、家まで送ってもらおうと思ったんだけど、このホテル、宿泊客か店員しか廊下歩けなくて、面会はロビーか外でする感じだから、それなら三人用の部屋を取って、受付でもう一人は後から来るって言えばいいかと思って」

「そういうことですか。……紫月さんの親戚って、怖いですか?」

「いや、優しいよ。俺は怒られてばっかりだけどな」

「え、どうしてですか?」
 俺が首を傾げると、紫月さんは罰が悪そうに顔を顰めた。

「俺さ、蓮夜に会うまで、マジで自分のことより弟のことを優先してたから、そのせいでよく、体調を崩してたんだよ。その人は両親が死んでから、俺が体調を崩すたびに世話をしにきてくれたんだけど、不調の理由が本当によくないから、体調を崩すたびに怒られてさ。はあ。今日も怒られるんだろうな」

 怒られるのは本当に嫌そうだったけど、親戚の人を嫌っているようには全然見えなかった。

「足の怪我は弟さんのことは関係ないのに、怒られるんですか?」

「多分な。どうせまた、自分のことを蔑ろにしたことが原因で、怪我をしたんだろって言われる。でもま、俺にちゃんと怒ってくれるのはあの人くらいだし、別にいいんだけど」
「ちゃんと?」
「ああ。ガキの頃は怒られるたびに暴力を振るわれていたから、怒られていても脅されているような気がしちゃってさ、でもあの人のはそうじゃないから」
 そうじゃない? 叱られるのに恐怖を感じなかったってことだろうか? そんなことあるのか? 少なくとも俺は、今まで一度もなかった気がする。

「そうじゃないと、どんな感じなんですか?」
 紫月さんが目を見開いて俺を見る。
「そっか、蓮夜はまだ、それがわかんないか」
「はい、わかんないです」
「じゃあ俺がその違いを教えてやるよ」
 そう言って、紫月さんは楽しそうに笑った。