三人で当たり障りのない会話をしながら、病院の門をくぐる。病院の門には、国立精神・神経研究センター病院と書かれていた。自動ドアをくぐって病院の中に入って、受付の手続きを済ませる。
 診察室のそばにある椅子に三人で座って、紫月さんが呼ばれるのを待つ。椅子に座ってから十分くらいしたところで、紫月さんは名前を呼ばれて、診察室に行くことになった。
 診察室には、虐待のことを説明しないといけなくなった時のために、紫月さんだけじゃなくて、俺も入ることになった。

「こんにちは」
 紫月さんが診察室の中に入って、医者に声をかける。
 診察室は机と椅子とベッドがあるだけの質素な作りで、椅子の上に、医者が一人座っていた。医者の隣には、女性の看護師が立っていた。
 医者は、五十代くらいのおじさんに見えた。真っ白い髪と垂れた瞳が、物腰が柔らかそうな雰囲気を醸し出している。いい人そうだな。

 紫月さんがベッドの上に腰を下ろす。俺が紫月さんの隣に腰を下ろしたところで、医者は口を開いた。

「こんにちは、義勇くん。義勇くんが患者として来るなんて珍しいね」
「あはは、はい」
 苦笑いをして、紫月さんは頷く。

「その子は?」
「俺の店の常連の山吹蓮夜です。こいつ家が大変で、最近俺が面倒見ていて」
「へえ、そうなんだ? 初めまして、蓮夜くん。医者の九重(ここのえ)です。よろしくね」
「……よろしくお願いします。」

「あの、先生……蓮は、何ともないですか?」
 紫月さんが不安そうな顔で九重先生を見る。

「ああ、いつも通り、綺麗な顔で眠っているよ」
「よかった。三日くらい見舞いに行けてなかったから、すごく不安で」
「たかが三日だろう? 相変わらず心配性だね」
 九重先生が肩をすくめて言う。
「はい」
「足、見せて」
 九重先生が回転式の椅子を足で動かして、紫月さんに近づく。紫月さんはズボンを捲ると、すぐに包帯を解いた。
「んー、治るのは早くて二週間ってところだろうね」
 紫月さんの足の傷を見て、九重先生は言った。
「二週間って、俺仕事あるのに」
「仕事は禁止。蓮夜くん、仕事に行こうとしたら全力で止めてね」
「は、はい!」
 慌てて頷く。話しかけられると思ってなかったから、びっくりした。
「それにしてもひどいね、これ。一体何があったんだい」
 九重先生はやっぱり、怪我の原因を聞いてきた。そして紫月さんは、ガラスで切ったとしか言わなかった。
 診察と会計が終わると、俺と紫月さんと母さんは病院の中にあったコンビニでご飯を買って、車の中でそれを食べた。
 ご飯を食べ終わると、母さんは紫月さんに何度も頭を下げてから、電車で家に帰った。
 母さんと分かれると、俺と紫月さんは病院の近くにあったホテルの部屋を一つ借りて、すぐにそこのベッドで寝た。