僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


「早いな、山吹! まだ七時四十分だぞ?」
 担任の先生が教室に入ってきて、そんなことを言ってくる。
 壁に立てかけられている時計を見ると、本当に七時四十分だった。まだこんな時間だったのか。どうやら俺はあの夢のせいで相当早い時間に起きてしまったらしい。

「……家にいても暇なので」
「そうなのか? でも、いくらなんでも暇だからってこんな早い時間から教室に来ても退屈じゃないか? クラスメイトもいないし」
 先生が眉間に皺を寄せて言う。
「……確かにそうですけど、家にいるよりはマシです」
「そうか。よっぽど暇なんだな」
「はい」
「……それはスケッチか?」
 先生がスケッチブックに目を向けて、首を傾げて尋ねてくる。
「はい、昔描いてた奴です」
「上手いな。絵はもう描かないのか?」
 美術部の顧問の先生と同じようなことを言われた。

 腹の底から嫌悪感が湧いて、すごくムシャクシャした。二人してなんなんだよ。俺が絵を描かなくなった理由も知らないくせに、好き勝手言って。

 俺の家の事情も知らないくせに、教師だからって好きなことを続けるのを強要するなよ。俺だって絵を描ける環境があるなら描いてるよ。それがないから、絵を描いていたら姉にその描いた絵を破られたりする可能性があるから、悩んでるんだよ。

「……先生もそう言うんですね。俺が絵を描かないのが、そんなにもったいないですか」
 そう言うと、俺は勢いよくスケッチブックを閉じて、席を立った。
「わ、悪い。そんなつもりで言ったわけじゃ……」
「ハッ。口ではどうとでも言えますよ」
「蓮夜!」
 俺は先生の声を無視して鞄を持って教室を出て、漫画喫茶に向かった。


「いらっしゃいませ……え? 蓮? お前、学校は?」
 漫画喫茶の中に入ると、受付にいた紫月さんが、眉間に皺をよせて声をかけてきた。
 しまった。言い訳考えてなかった。
 俺は何も言わず、紫月さんから目を逸らした。
「はぁー。まあいいや。もうお前とは四年の付き合いだし、顔見て言いたくないことはわかるから」
 紫月さんは俺を見てから、ため息を吐いてそんなことを言った。

 四年前から、俺は放課後はほぼ毎日漫画喫茶に行くようになった。俺がそうなったのは家にいると絵を描きたくなってしまうのと、姉に暴力を振るわれる時間をほんの少しでも短くしたいと思ったからだ。

 紫月さんは俺が漫画喫茶に初めて来た時からここにいた人で、付き合いが長いからか、こういう風によく気を利かせてくれる。確か、店長になったのは、去年とかだった気がする。

「……すみません」
「ん。席はいつもと同じマットの個室でいいか?」
「……はい」

「じゃあここな。とりあえず時間は十一時までにしとくから、午後からはちゃんと学校行けよ?」
 そう言って紫月さんは俺に五○一号室の鍵と、レシートのついたバインダーを渡してくる。
「…………はい」
 鍵とバインダーを左手で受け取って、返事をする。
「間が長いんだよ!」
 紫月さんが俺の右肩を勢いよく叩いた。
「痛っ!!」
 叩かれた痛みが腕に伝わって、俺は思わず声を上げた。