「お母さん、車、運転、できますか」
 姉ちゃんの発言を無視して、紫月さんは言う。

「はい、できます」
「それじゃあ俺のこと病院まで送ってくれませんか。それが終わったら、俺の車でそのまま仕事場行っていいので」

「いえ、今日は仕事どころではないので、店長に電話して仕事を休みます。紫月さんの車、どこですか? 早く病院に行きましょう」
「あれです」
 紫月さんが駐車場の中央辺りのところにある、黒いセダンを指差す。

「わかりました、ありがとうございます。飾音は、今日はもう家に帰って、頭を冷やしなさい。紫月さんの車には乗らないで、一人で電車に乗って家に帰るのよ。わかった?」

「え、嫌よ。何であたしだけ電車なの?」
 紫月さんが眉間に皺を寄せる。

「嫌じゃねぇんだよ! 実の弟を散々傷つけているお前に、拒否する資格なんかねぇんだよ!  まあ頭を冷やしただけでお前が蓮夜に謝ってくれるようになるなら、絶対にこんなに苦労してないけどな」
 紫月さんはまた、姉ちゃんを挑発していた。

 紫月さんはまた、姉ちゃんを挑発していた。紫月さんを見ていると冷や冷やする。姉ちゃんは怖いから、絶対に怒らせない方がいいのに。まあ多分、紫月さんは怖いと思ってないから、挑発しているのだと思うけど。

「……お願い飾音、帰って。今は私も飾音といたくない」

「はあ。わかったわよ。またね、蓮夜」
 姉ちゃんの言葉に、俺は返事をしなかった。

 姉ちゃんは俺を見てから、駐車場を出て駅に向かった。

「俺達もそろそろ行きましょう。お母さん、俺が言った通りに車運転してくれますか? 行きつけの病院があって」
「わかりました」

 行きつけの病院? 

「もしかして、弟さんがいるところですか?」
「ああ。ごめんな、ちょっと会いたくなった」

「いえ、紫月さんが俺から離れないって言ってくれたのでそれは全然構わないです。ただ、お医者さんに、紫月さんが怪我した理由、なんて説明すればいいのかと思って」
「ガラスで切ったって言えばいいだろ。元々はそれが理由だし」
「それで大丈夫なんですか?」
「ああ、平気」

 そう言って、紫月さんは笑った。
 俺は車のドアを開けて、紫月さんと一緒に、後部座席に座った。母さんが運転手席のところのドアを開けて、席に座る。母さんはシートベルトを締めると、すぐに車を発車させた。

一時間くらい車に乗っていたら、やっと病院に着いた。思わずため息を吐いてからシートベルトを外して、車から降りる。車に乗りすぎてお尻が痛い。それに、服を買ってからいろいろなことがあり過ぎて、とても疲れてしまった。
 
「蓮夜、疲れたか? ごめんな、俺の家からだったら、車で十五分くらいだったんだけど」
 あくびを溢している俺を見ながら、紫月さんは作り笑いをする。 

「い、いえ大丈夫です! そうだったんですか?」
 しまった! 今は俺が紫月さんの体を支えながら歩いているから、俺がしたこと、全部紫月さんにバレるんだった!

「ああ、それくらいだ。一時間も運転させてすみません、お母さん」
「いえ。紫月さんにはとてもお世話になったので、これくらい当然です」