俺に礼を言ってから、紫月さんは姉ちゃんに目を向ける。
「……別にこの足でも世話くらいはできる。蓮夜はお前と違って、いい子で手がかからないからな」
足が痛いのなんて気にもしていないような雰囲気を装って、紫月さんは言った。
何で、どうして紫月さんはこんな状況でも、俺の心配をしているんだ。どうして紫月さんはこんな状況になってもまだ、弟さんより俺を優先してくれているんだ。
紫月さんが俺より弟さんを優先していたら、怪我をすることもなかった。それがわかっているのにどうして! 自分に迷惑しかかけない子供なんて、さっさと捨てればいいのに。捨てないと、また危ない目に遭ってしまうかもしれないのに。
「……紫月さん、もういいです。捨ててください、俺のことなんか」
姉ちゃんが足を振り上げてヒールを傷口から抜いた。ヒールの底についた紫月さんの血が、道路を真っ赤に染める。
紫月さんが足を引きずりながら、ゆっくりと体勢を立て直す。紫月さんは俺が肩を貸すと、笑顔で礼を言って立ち上がった。
無理に作った引きつった笑顔。
「はあ。蓮夜、これ、出血止められる? 多分、血拭って包帯巻き直せば止められるから」
紫月さんが俺を見て言う。
「はい」
しゃがみ込んで、紫月さんのズボンをめくる。
「うわっ」
包帯は真っ赤に染まっていて、白い部分がほとんどなかった。包帯を見ただけで、かなり重症なのがわかった。
俺が包帯の結び目を解いて、足の血を拭っている間も、紫月さんは姉ちゃんと話を続ける。姉ちゃんは手当てをするのを辞めさせる気はないのか、俺にはあまり目を向けていなかった。
「はあ。クソ姉、要求はそれだけか? 従うのは不本意だが、お前の言う通りにしてやるよ、当面の間は。この足じゃ、俺が蓮夜を守ることもできないからな」
「それなりの対策はしない方向でお願いします」
「それならお前と蓮夜が一緒に暮らすのは許可できねぇな。蓮夜は俺が預かる」
姉ちゃんを見上げて、紫月さんは笑った。
「その怪我で、ですか?」
姉ちゃんが紫月さんの足を見る。
紫月さんの足の傷口から流れる血が、道路を赤黒く変色させた。早く血を止めないと。俺はポケットからガーゼのハンカチを取り出すと、それを紫月さんの足首に巻いた。このハンカチは服屋で紫月さんが買ってくれたものだからあんまり汚したくなかったのだけど、今はそんなことを言っている場合じゃないから仕方がない。
俺と一緒にいるせいで紫月さんが怪我をするなら、離れるしかない。離れるの、すごい嫌だけど。
「すてねぇよ、バカ。今捨てたらここまで一緒にいた意味がないだろうが。それに、今俺が手を離したら、お前がまた暴力を受けるだろうが。そんなのはゴメンだ」
足が痛いのか顔を顰めながら紫月さんは否定する。
「紫月さんが、俺が暴力を受けるのを見過ごせないのと同じように、俺も、紫月さんが怪我をするのを見過ごせないんです!! 紫月さんが、俺がそばにいるせいで倒れるくらいなら、俺は……家に帰ります」
姉ちゃんが俺に近づく。
「じゃあ帰ろうか、蓮夜」
「帰らせねぇ、蓮夜の居場所はお前の家じゃねぇ、俺の家だ」
紫月さんが俺の腹を横から両手で掴む。紫月さんは姉ちゃんのことを、まるで猫が威嚇をするかのような顔つきで見ていた。



