僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


 母さんの慟哭が大きすぎて、店にいる人のほとんどが、俺達の席に一斉に目を向けた。

「お母さん、金は俺が払うので、店を出ましょう。すみません、会計をお願いします」
「かしこまりました!」
 紫月さんが言うと、店員は涙目で頷いた。

 どうやら、相当迷惑な客だと思われていたみたいだ。


 紫月さんがソファから立ち上がって、レジに向かう。慌てて背中に張り付くと、紫月さんは何も言わず、俺の背中を撫でた。
 紫月さんがレジでお金を払っている間も、母さんは泣き続けていた。『育て方を間違えた。私のせいだ。あの人さえいれば』と、母さんがか細い声で、呪文を唱えるかのようにぶつぶつと喋る。あの人とは、もしかして父さんのことなのだろうか? 母さんと目が合っても、姉ちゃんは何も言わない。何で、どうして。姉ちゃんは母さんのことは嫌っていないはずなのに。自分の味方じゃないならどうでもいいとでも思っているのだろうか。

「お前の選択肢は二つ。自首をするか、蓮夜と和解して、虐待を一切しないと誓うかのどちらかだ。後者なら、悪いがそれなりのことをして、お前を見張る」
 会計が済んで四人とも串焼き屋を出たところで、紫月さんは姉ちゃんに言った。店の前で話すのは良くないと思ったのか、紫月さんは串焼き屋のすぐそばにある駐車場に、足を進めた。

 駐車場の一番端に着いたところで、母さんが口を開く。
「紫月さん、選択肢をもう一つ増やしていいですか?」

 母さんの瞳は、真っ赤に晴れていた。痛々しくて、見ていられない。

「はい」
「……飾音、家を出て、お父さんと二人きりで暮らしなさい。お父さんには、蓮夜のことは話しても話さなくてもいいわ」

 どうして、ここで急に父さんなんだ?

「何でお父さんなの?」
 目を見開いて、姉ちゃんは言う。

「私はできることなら、飾音を警察に通報なんてしたくない。大事な愛娘だもの。警察の御用になんて、なって欲しくないわ。でも飾音を蓮夜のそばに居させるのは、どう考えても危険だわ。それならお父さんに協力してもらうしかない」

「お母さんの言い分はわかりますが、ここはひとまず、自首をするか、和解をするかを選んでもらう方が賢明かと。物理的に距離を離すだけでは、家に戻った際に、また蓮夜に暴力を振るう可能性があります」

 確かに、紫月さんの言う通りだ。

「おにーさん」
 姉ちゃんが紫月さんの目の前に行って、紫月さんの足首にある傷口に、ヒールの踵を食い込ませた。

「ゔあっ、あああ、ああっ!!」
 聞くに耐えない断末魔が、駐車場に響き渡る。聞くに耐えない断末魔が、駐車場に響き渡る。紫月さんが後ろに倒れ込んだ。地面に倒れないように、身体を後ろから支えてから、俺は声をかけた。

「紫月さん‼︎」
「はあ、はあ」
 紫月さんが荒い息を吐きながら、俺を見上げる。
 最悪だ。姉ちゃんが暴力を振るう対象は、いつも俺だった。そのせいで、紫月さんが暴力を振るわれる場合があることを考えられなかった。しかもよりによって傷口を狙われるなんて、最悪にも程がある。紫月さんも俺と同じことを考えていたのか、ろくに対応できていなかったし。紫月さんは俺と違って足も早いし、サッカーをやっていたから脚力もある。想定済みの行動だったら、きちんと避けられていたはずだ。思考を逆手に取られた。何で、どうしてよりによって俺じゃなくて、紫月さんなんだよ!

「やっぱり、結構重症なんですね。変だと思ったんです。ずっと足を引きずっていたから」

 姉ちゃんがヒールを、上下に動かす。傷口が無理やり広げられているせいで、紫月さんは呻き声を上げた。

「ゔぁ、うっ」
 紫月さんの瞳から、涙が溢れていた。

 姉ちゃんの前で泣くのなんて、紫月さんにとって相当屈辱なハズだ。それなのに涙を拭いもしないのは、痛みが凄すぎて手も動かせないからだろう。