俺は涙を拭うと、制服を着て、鞄に必要なものを詰め込んでから、ダイニングに行った。
……昨日叩かれたせいで頬が赤くなっているからマスクしていこうかな。俺はダイニングで歯磨きをすると、洗面所の小さい引き出しの二段目からマスクを取って、それの紐を両耳に掛けた。
……包帯の予備とタオル持っていった方がいいのかな。俺は肩に掛けていた鞄に予備のタオルと包帯とキャップを入れると、玄関に行ってスニーカーを履いて家を出た。
学校の廊下を歩いていると、美術室が目に止まった。
美術室のそばの廊下には青い空の絵に動物の絵、建物の絵など様々な絵が展示されていた。
「あ、……これ面白い」
夜のビル街に、青い薔薇が空から降っている絵があった。
流星群とかを薔薇で表現しているのだろうか。……変わった描き方だな。
「おはよう、山吹」
美術室から、美術部の顧問の先生が出てきた。
「……おはようございます」
「今美術室に人いないけど、なんなら絵でも描いてくか?」
「……いや、いいです。見てただけなので。それに俺、美術部じゃないですし」
「でも絵は好きなんだろ?」
「もう、好きじゃないです」
そう言うと、俺は逃げるように美術室を後にした。
「……あった」
机の引き出しを覗き込んでみると、スケッチブックがあった。
スケッチブックをパラパラとめくる。 よかった、破れてない。……まぁ昨日からここにあったのだし、当たり前か。
描いてあるのは夜景や花火などの風景画のようなものの他に、猫や犬やうさぎなどといった動物の絵など、本当に様々だ。
……懐かしいな。
スケッチブックを見ながら、そんなことを思った。
「でも、絵は好きなんだろ?」
先生の言葉が頭をよぎった。
俺は、本当は今でも、絵を描くのが好きだ。
本当は美術部に入りたい。
始業式の翌日、俺と俺のクラスメイトは「毎週金曜日に一時間だけ、美術か音楽の授業をやるから、来週までにどっちを選ぶか決めておいて」と担任の先生に言われた。その時も本当は、音楽じゃなくて美術を選びたかった。
でも俺にそんなことをする資格なんてない。だって俺は、姉ちゃんの夢を壊したのだから。
姉ちゃんの夢を壊した俺には画家を目指す資格も、絵を描き続ける資格もありはしない。それなのに俺には部屋にある真っ白なキャンバスを壊す勇気も、絵具を捨てる勇気もなくて、せいぜいあるのはスケッチブックに描いてある絵を捨てる勇気だけで。しかもそのスケッチブックの絵すら、姉に破かれないと捨てる決心がつかなくて。
俺は本当に未練たらたらだ。



