なんたること。

 私は頭を抱えた。別に頭に鳥からの贈り物を受けたわけではない。そのほうが百倍幸せだ。

 本物の不幸とは、明後日の方向からやってくる。

 私はオルガ様に押し切られる形で、恋人というものになった。

「ほ、本当ですか?」

 お父さまの目がキラキラと輝いている。

「はい。お恥ずかしながら、昨夜の夜会でマリエル嬢を一目見たときから忘れられず……」

 嘘よ嘘。一目見る前に不運な事故に見舞われたのだから。

 あれで恋に落ちたのだとしたら、彼の感覚がおかしい。絶対にファーストキスだって言うのも嘘だし、一目惚れも嘘に決まっている。

 ま、さ、か……結婚詐欺? いやいや、ここにおわすは天下の魔導師長様だ。家柄も問題ない上に稼ぎも相当のものだろう。詐欺して子爵家からお金を搾り取るような身分ではない。

 も、し、か、し、て……復讐? ファーストキスというのは本当で、大切にとっておいた唇をどこぞの馬の骨が掠め取っていったことに対する怒りを復讐という形で鎮めようというの……?

「マリエル嬢との婚約を無理に推し進めようとは思っておりません。彼女が私のことを知って、少しでもともに生きていいと思っていただけたときに婚約を申し込みたいと思っております」
「もちろんですとも。お二人ともまだお若い。じっくりとお互いのことを見つめあっていただいて……」

 お父さまはにこにこだ。なにせ、奇人と呼ばれた娘がもしかしたら嫁に行けちゃうかもしれないから。しかもそのお相手が今をときめくあの魔導師長のオルガ様なんていったら、こうなるのは当たり前。

 供物のように差し出された私は、気付けばオルガ様の恋人(仮)になっていた。

「マリエル嬢、とても嬉しいよ」

 氷像のように硬い顔がにこりと笑う。春の訪れのような柔らかさに、私は目を細めた。

 お父さまなんて、乙女のように頬まで染めているではないか。

 不運が雪だるま式に増えるとこうなるのね。

 ここまできて、私は悟った。これは、どうとでもなれ!