「〝光栄〟だなんて、またオーバーな……」

 彼のリアクションにわたしは呆れたけれど、本当は嬉しくて仕方がなかったので、自然と笑みがこぼれた。

「バレンタインデーのチョコ、すごく美味しかったです。あれって、絢乃さんの僕への愛情が込もってたからあんなに美味しかったんですね。今気づきました」

「……うん」

 彼は当日のうちにも、「チョコ、美味しく頂きました」と連絡をくれたのだけれど。こうして本当の意味でのお礼を言ってもらえると、わたしも頑張って手作りした甲斐があったなぁと心がじんわり熱くなった。

「貴方はわたしがいちばんつらい時に、いつも心の支えでいてくれたよね。会長就任の挨拶の前も、今だってそうよ。貴方が秘書でいてくれて、どれだけ心強いか。……だから、わたしからもお願い。これからも、わたしのことを側で支えててほしいの。秘書としてだけじゃなくて、恋人として。……いいかしら?」

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 おずおずと彼の表情を窺うように言うと、彼は何の躊躇もなく、わたしの想いを受け入れてくれた。

 わたしの彼への気持ちはもう(あふ)れる寸前で、わたしは次の瞬間、大胆な行動に出ていた。
 椅子から立ち上がると、背伸びをして自分から彼と唇を重ねていたのだ。

「……………………絢乃さん? 確かまだ、キスって二度目じゃありませんでしたっけ?」

 ポカンとした彼はわたしにそう確かめたけれど、わたしは後悔なんてしていなかった。

「……初めてじゃないから、自分からしても大丈夫かなって思ったの」

「そのわりには、お顔が赤くてらっしゃいますけど?」

「…………悪い?」

 わたしは少々バツが悪くなって、口を尖らせた。
 本当はわたしも、それほど気持ちに余裕があったわけではなかった。キスだって、二度目くらいでは慣れるはずがない。だってわたしは、男性にまったく免疫がなかったのだ。

「いえ、悪くなんかないですよ。絢乃さんのそういう初々(ういうい)しいところも可愛いなって思っただけです」

「…………そう」

 わたしはまた、彼のほんわかした笑顔にキュンとなった。「この人を好きになってよかった」と、心から思えた。

「――ねえ桐島さん。今までわたし、貴方に支えてもらってばかりだったね。だから、今度はわたしの番。これからは、わたしが貴方を守るからね!」

 わたしは彼を自分から抱きしめて、そう宣言した。
 部下を守るのは上司の務めだけれど、それだけじゃない。彼は本当は(もろ)い人なんだと分かったから、恋人としても彼のことを守ってあげたいとわたしは思ったのだった。

「ありがとうございます、会長」

 彼もまた、わたしをギュッと抱き返してくれた。