だから、この日の帰りの車内での彼の行動には、わたしもさすがに驚きを隠せなかった。
 まさか、彼があんな大胆な行動を起こすなんて……。

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 ――この日はわたしもだいぶ疲れが溜まっていて、彼の車に乗り込むなり眠り込んでしまった。
 もう本当に完全熟睡で、彼に話しかけられていたのかどうかも分からなかった。

 三十分くらい眠っていたような気がする。――もしかしたら、眠っていたわたしに気を遣った彼が、わざわざ遠回りしてくれていたのかもしれない。
 車が一時停止したかと思うと、突然、唇に何か柔らかな感触を覚えて、わたしはその拍子にパッと目を覚ました。

「…………んっ!?」

 目を覚ましたわたしは、車が大きな交差点で信号待ちだったことを知り、続いて彼が運転席でハッとした表情をしていることに気がついた。なぜか少し青ざめていたような気もする。

「……なに? 今のって……。 ――って桐島さん!?」

「絢乃さん、申し訳ありません! 僕はあなたにとんでもないことを……っ! 本当に失礼極まりないことを……」

 彼はわたしに謝罪したかと思うと、この世の終わりでも来たかのようにガックリと項垂れた。はぁ~~~~っと大きく息を()きながら。

 わたしにも一応は恋愛の知識があったので、自分の身に起きたことが何なのかは何となく理解ができていた。――あの感触は、多分キスだと。
 でも、もちろん初めてのキスだったので、怒ってはいなかったけれど簡単には受け入れられず。気がついたら彼にこんなことを言っていた。

「……桐島さん。わたし、さっきのがファーストキスだったの」

「はい……」

 彼は絶望感に打ちのめされていたのか、呻くように返事をした。このままわたしにクビにされるかもしれない、と思っていたらしい。

 その直後、信号が青に変わった。 

「信号変わってるよ。……別にわたし、怒ってないから。今は運転に集中して」

「……はい」

 怒っていないと言っているのに、彼はわたしの顔色を窺い、素直すぎるくらい素直に返事をして、再びアクセルペダルを踏んだ。

 好きな人からのキス。いくら初めてだったとはいえ、怒るわけがない。わたしも正直()(まど)いはしたけれど、それで彼を解雇しようなんて気はさらさらなかった。
 彼に辞められて一番困るのは、誰でもないわたし自身だったのだから。

 それよりも、わたしには彼がどうしてあんな行動に出たのか、その方が気になっていた。

 彼だってもちろん、わたしを困らせる気はなかったのだろう。多分、わたしの寝顔を眺めているうちに、衝動的にキスしてしまったのだと思う。
 そして、わたしがそれで目を覚ましてしまったのでハッと我に返り、どっと後悔が押し寄せたのだろう。