その時、母がさっきの彼と何か話している光景がわたしの目に飛び込んできた。
 母は彼を楽しそうにからかっているようで、それに対して彼は何だか(きょう)(しゅく)した様子で、母にペコペコと頭を下げていた。

「ママ、あの人とどんな話してるんだろう……?」

 二人の様子も少し気になったけれど、その時の優先順位は父を探すことの方が上だったので、その疑問はとりあえず頭の隅っこに追いやった。

「――あっ、いた! パパー!」

 その少し後、わたしはバーカウンターにもたれかかっている父の姿を見つけた。

「絢乃、どうしたんだ? そんなに血相かえて」

「どうした、じゃないでしょう? パパのことが心配だったの! 最近、具合悪そうだし、食欲もないみたいだから……」

 そう言いながらカウンターの上にチラリと目を遣れば、ウィスキーの水割りが入ったグラスが。

「お酒……飲んでたの? ママに止められてるのに」

「安心しなさい、絢乃。これで()()一杯目だから。誕生日くらいいいだろう、大目に見てくれ」

「もう、パパったら!」

 わたしは心配をかけた父に怒ってもいたけれど、わたしや母の前では子供みたいにダダをこねる父が憎めなくて、ついつい笑ってしまった。
 これでオフィスにいる時には、堂々たる経営者の風格をたたえているのだ。そんな父のギャップを見られるのは、家族である母とわたしだけの特権だった。

「仕方ないなぁ……。じゃあ、それ一杯だけでやめてね? ママもそれくらいなら許してくれると思うから」

「ああ、すまないな。絢乃もいつの間にか、こんなに大人になったんだなぁ」

「パパ、わたしまだ高校二年生なんだけど」

 わたしはそうツッコミを入れたけれど、多分父が言いたかったのはそういうことじゃなかったと思う。
 父に説教ができるくらい、成長したと言いたかったのだ。

 ちなみに、その時わたしが高校二年生だったというのは事実である。
 わたしは初等部から、(はち)(おう)()市にある私立(めい)(おう)女子学院に通っていた。
 女子校に入ったのは父と母に決められたことではなく、わたし自身の意思だった。「制服が可愛いから」というのがその理由である。