一歩、歩み寄られて、頭ひとつ分高い位置から見下ろされる。

 数分前まで剣を握っていた長い指がこちらに伸ばされ、私の首筋をなでた。


「申し訳ありませんでした」


 突然の口付けに対する謝罪だろうか。

 忘れかけていた記憶が呼び戻されて、再び顔が熱くなる。


「いえ。イグニス副団長に疑われないための演技だったとわかっていますから、謝らないでください。むしろ、機転を利かせてくださって助かりました」


 照れながらも自分の立場をわきまえて返したものの、彼の眉がひそめられる。


「“コレ”が、演技だと思っているのですか?」


 扉の近くの姿見に、ふたりの姿が映っている。白い首筋には赤い花が咲いていた。

 関係を言語化しなくても、恋人関係を匂わせるだけで誤魔化すつもりなら、軽いキスで済んだはずだ。

 ふたりの間の空気が変わり、お互いを強く意識する。

 独占欲のキスマークを自覚した途端、体中に甘いしびれが走った。