「私は先ほど、いたずらに力は使わないとお伝えしたはずですが」
「争いのためではなく、大切なものを守るためであれば使うでしょう? 心根から聖女であるあなたなら」
自然と私から距離をとった彼は、漆黒のマントの内側からあるものを手に取って投げた。
足元に投げられたのは短剣だ。
目を見開くと同時に、低く艶のある声が響く。
「取り引きに応じないつもりなら、力づくで逃げてもいいですよ。俺はあなたを決して傷つけません」
この場を離れたいなら、自分を倒して行けと言いたいのね。
百戦錬磨の騎士に私が敵うわけがない。冗談のつもりなのか、本気なのか、またしても読めなかった。
腰の剣を抜く気がないのは察するが、逃すつもりも端からないのが伝わってくる。
「ミティア=アルメーヌがここで死んだことになるとして、今後どうするおつもりですか? 私は故郷に帰れなくなるのでしょう?」
「別人のフリをして、俺と共にヨルゴード国に来てもらいます。護衛は聖女様が側にいてくれたほうがやりやすいですし……ウチの騎士団に入るのはいかがでしょう」
想像していなかった提案だ。
理由から考えればとても良いアイディアに思えるけれど、安易に頷いてはいけない。



