行動を縛るだけでなく、思考まで操れるならば、言霊の魔力で記憶を消すのも簡単なのだろう。
でも、ひとたび命令を口にすれば、ハーランツさんの中から私の存在が消えてなくなる。
慕っていた聖女の生まれ変わりだから会いに来てくれた。
ラグネ惨禍がなければハーランツさんは幸せになれるのかもしれないけれど、私に会いに来るキッカケがない。必要以上に気にかける理由もないだろう。
あんなに完璧で余裕があって誰からも尊敬される彼が、再び私を好きになってくれる可能性はきっと限りなく低い。
ふたりで過ごした思い出が頭の中を駆け巡った。
ハーランツさんに会って、初めましてと言われたら、私の心は耐えられる?
いつか復讐に囚われた彼を救いたいと思っていたけれど、唯一選べる選択肢がこんなにも苦しい。
「……できません」
震える声で紡いだのは、その五文字だった。
彼は表情ひとつ変えず、言葉の続きを待っている。
「エヴィニエ王のお気持ちもわかりますし、復讐をやめて幸せになってほしいと思っています。でも、記憶は消せません」
「どうして? 君が頷けば、誰もが幸せになれるのに」
「私は、つらい過去を背負いながら、まっすぐ生きてきた優しいハーランツさんを尊敬しています。心の傷が癒える保証は無くても、側で支えて、ともに生きていきたいのです」



