「知っているわ。資産家から金目のものを盗む悪党のことでしょう」
「……私には裏稼業があってね。それが怪盗業なんだ」
「は?」
聞き違いであってほしいと願ったことは、どうやら真実だったらしい。
朽葉は誇らしげな顔で説明を始める。
「誰も警官が怪盗をしているとは思わないだろう? だから、意外と仕事もしやすいんだ」
「……あなたが……怪盗鬼火?」
「いかにも」
絶句した。今まで信じてきた根底が覆されて、足元がぐわんぐわんと揺れているようだ。けれど、彼に聞きたいことはまだある。
絃乃は困惑をため息をとともに吐き出して、朽葉と視線を結ぶ。
「市民を守る警官が悪事に手を染めていたというの? そんなの、荒唐無稽よ」
「好きでやっているわけじゃない。本当にお金に困ったときだけだよ」
「理由なんて関係ないわ。犯罪は犯罪でしょ。どう言い繕ったって、言い訳を認めるわけにはいかないわ」
どれだけ言い訳をしても、今までしてきた悪事が消えることはない。
しかし、絃乃の説得は何一つ心を揺さぶることはできなかったらしく、朽葉は片手を腰にあてて悠然と笑ってみせる。
「最近は怪盗業よりも、もっといい仕事も始めたよ。ご令嬢と引き換えに大金が転がり込んでくるというものでね」
「なっ……じゃあ、連続令嬢誘拐事件もあなたの仕業?」
「そういうことになるね。君には一度逃げられてしまったが。まあ、今はいい。もっといい儲け話が出てきたんできたんだから」
「……どういうこと?」
話の出口がわからずに聞き返すと、朽葉の笑みが深まる。
「この前、カフェーである紳士と酒飲み比べをしてね。彼は華族の出で、どうやら一族に隠している財産があるらしい。今より六年前、その隠し場所を息子に託したんだそうだ。息子は夜中に一人出て、言われたとおりに誰にも見つからない場所へ隠した。その帰り道、不運にも怪盗鬼火の正体を見た」
嫌な予感に背筋がスッと冷たくなる。すべてのピースがそろったのに、その事実をすぐには受け止められない。
絃乃は震える唇を開いた。
「……まさか……それで、弟は姿を消したというの?」
「子供とはいえ、素顔を見られてしまったからには生かしておけないからね。口封じをするつもりが、崖から落ちたため、仕方なく諦めたんだ。その後、実家では行方不明騒ぎで、結局遺体も見つからなかったから、きっと助からなかったと思っていた」
でも、と朽葉は言葉を続ける。
「幸か不幸か、彼は生きていた」
「…………」
「けれど、彼も賢い子だった。怪盗鬼火の正体を世間に言いふらすこともなく、実家に戻ることもなく、息をひそめるように市井に紛れ込んでいた」
その間、弟は家族に頼ることもなく、一人きりで苦労をしていたに違いない。
「葵は言っていたわ。……俺は狙われているって」
「今では、生きていてくれてよかったと思っているよ。唯一の証言者だからね」
「そして……用事が終わったら殺めるの? 私と一緒に」
「話が早くて助かるよ」
朽葉はなんでもない顔で拳銃を取り出した。その銃口の先を向けられ、さすがに手足がすくむ。だけど、それを気取られるわけにはいかない。
絃乃は気力を総動員して口を動かし、朽葉の良心に訴える。
「あなた、雛菊と結婚をするつもりなのでしょう!? そんな血塗られた手で彼女の手を握るつもり? あなたには罪悪感というものがないの!?」
「そんなもの、とうの昔に捨ててしまったよ。正義感だけで警官は務まらない。君が思っているより、汚い仕事もしなければならない。良心は邪魔なだけだ」
銃口がちらりと視線をちらつく。
(私もここまで……かしら)
なんとか逃げる隙を探すが、警官が本職の彼から逃げられる展望が思いつかない。
「……私には裏稼業があってね。それが怪盗業なんだ」
「は?」
聞き違いであってほしいと願ったことは、どうやら真実だったらしい。
朽葉は誇らしげな顔で説明を始める。
「誰も警官が怪盗をしているとは思わないだろう? だから、意外と仕事もしやすいんだ」
「……あなたが……怪盗鬼火?」
「いかにも」
絶句した。今まで信じてきた根底が覆されて、足元がぐわんぐわんと揺れているようだ。けれど、彼に聞きたいことはまだある。
絃乃は困惑をため息をとともに吐き出して、朽葉と視線を結ぶ。
「市民を守る警官が悪事に手を染めていたというの? そんなの、荒唐無稽よ」
「好きでやっているわけじゃない。本当にお金に困ったときだけだよ」
「理由なんて関係ないわ。犯罪は犯罪でしょ。どう言い繕ったって、言い訳を認めるわけにはいかないわ」
どれだけ言い訳をしても、今までしてきた悪事が消えることはない。
しかし、絃乃の説得は何一つ心を揺さぶることはできなかったらしく、朽葉は片手を腰にあてて悠然と笑ってみせる。
「最近は怪盗業よりも、もっといい仕事も始めたよ。ご令嬢と引き換えに大金が転がり込んでくるというものでね」
「なっ……じゃあ、連続令嬢誘拐事件もあなたの仕業?」
「そういうことになるね。君には一度逃げられてしまったが。まあ、今はいい。もっといい儲け話が出てきたんできたんだから」
「……どういうこと?」
話の出口がわからずに聞き返すと、朽葉の笑みが深まる。
「この前、カフェーである紳士と酒飲み比べをしてね。彼は華族の出で、どうやら一族に隠している財産があるらしい。今より六年前、その隠し場所を息子に託したんだそうだ。息子は夜中に一人出て、言われたとおりに誰にも見つからない場所へ隠した。その帰り道、不運にも怪盗鬼火の正体を見た」
嫌な予感に背筋がスッと冷たくなる。すべてのピースがそろったのに、その事実をすぐには受け止められない。
絃乃は震える唇を開いた。
「……まさか……それで、弟は姿を消したというの?」
「子供とはいえ、素顔を見られてしまったからには生かしておけないからね。口封じをするつもりが、崖から落ちたため、仕方なく諦めたんだ。その後、実家では行方不明騒ぎで、結局遺体も見つからなかったから、きっと助からなかったと思っていた」
でも、と朽葉は言葉を続ける。
「幸か不幸か、彼は生きていた」
「…………」
「けれど、彼も賢い子だった。怪盗鬼火の正体を世間に言いふらすこともなく、実家に戻ることもなく、息をひそめるように市井に紛れ込んでいた」
その間、弟は家族に頼ることもなく、一人きりで苦労をしていたに違いない。
「葵は言っていたわ。……俺は狙われているって」
「今では、生きていてくれてよかったと思っているよ。唯一の証言者だからね」
「そして……用事が終わったら殺めるの? 私と一緒に」
「話が早くて助かるよ」
朽葉はなんでもない顔で拳銃を取り出した。その銃口の先を向けられ、さすがに手足がすくむ。だけど、それを気取られるわけにはいかない。
絃乃は気力を総動員して口を動かし、朽葉の良心に訴える。
「あなた、雛菊と結婚をするつもりなのでしょう!? そんな血塗られた手で彼女の手を握るつもり? あなたには罪悪感というものがないの!?」
「そんなもの、とうの昔に捨ててしまったよ。正義感だけで警官は務まらない。君が思っているより、汚い仕事もしなければならない。良心は邪魔なだけだ」
銃口がちらりと視線をちらつく。
(私もここまで……かしら)
なんとか逃げる隙を探すが、警官が本職の彼から逃げられる展望が思いつかない。



