乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 呼び出された場所は廃寺となった寺だった。
 大きな楼門は古びており、ところどころ塗装が剥げている。昔は立派な門だったらしく、手の込んだ彫刻の名残があるが、今ではほとんど風化で当時の姿形はあやふやだ。
 門を抜けた砂利道の先を歩くと、一人の男が空を見上げていた。
 羽織に着物をまとった男は、絃乃が近づくと、ゆっくりと振り返る。

「あなたは……雛菊の婚約者の……」

 私服姿ということは、今日は非番の日なのだろうか。

「覚えていてくれたんだね。でも、本当に用があるのは君じゃないんだ」

 朽葉(くちば)は人のいい笑みを浮かべているものの、その瞳は笑っていない。

「どういう……こと?」
「もうじきわかるよ」

 彼はしきりに小径の先を気にしている。
 そこに一体、何があるというのか。背後に意識を集中するが、誰かが来る気配はない。
 絃乃は荒れ果てた寺の建物を見渡し、首を傾げる。

「朽葉さん。雛菊は一緒じゃないの?」
「彼女は家にいるよ。今ごろ、婚儀の準備を進めているんじゃないかな」
「私を呼び出した理由は? 弟のこと、何か知っているんですか?」

 尋ねると、朽葉は困ったように両手を広げて、肩をすくめてみせる。

「君の弟には煮え湯を飲まされたよ。とうに死んだものだと思っていたのに、まさか生き延びていたとはね。しかも偽名を使って、この洛中に戻っているとは。初めは半信半疑だったけど、君たちの会話を聞かせてもらって確信が持てたよ」

 吐き捨てるような声に、絃乃は彼の本性を見た気がした。

「会話……? 一体いつのことを言っているの?」
「神社で話していただろう。偶然、そこに私も居合わせていたんだ。思いがけず、僥倖に恵まれたよ。諦めていた唯一の手がかりが、やっと手に入るんだからね」

 この人に葵を渡してはならない。そう直感が告げる。
 会話の主導権をどうにか取り戻さなければならない。絃乃は薄く息を吐いて、慎重に言葉を選ぶ。

「……何が目的なの?」
「うちの実家は資金難で困っていてね。私がそれの埋め合わせしているんだ」
「埋め合わせって……警官をしているんでしょう。どうやって大金を稼ぐの?」
「いい質問だ」

 そこで言葉を切り、朽葉は満足そうに笑いかける。

「お嬢さんは、怪盗鬼火は知っているかい?」