母のお使いを済ませ、市電を降りて歩いていると、一匹の猫と目が合った。
雪のように白い猫だ。体はすらりと細く、身軽に塀からジャンプして下りてくる。ひたひたと足元まで来ると、足首にすり寄ってきた。
(お茶菓子の匂いが着物についてたのかしら?)
しゃがんで顎をさすってあげると、みゃあ、と鳴く。気持ちよさそうに首を伸ばすので、しばらく構ってあげると、突然猫がたっと走り出した。
しばらく行った先で自分を振り返り、こちらをジッと見つめてくる。
(ついて来いってことかしら?)
おとなしくついていくと、再び猫が歩き出す。のんびりとした速度なので、充分に追いつける。猫はちゃんとついてきているか定期的に確認していたが、絃乃の姿を認めると、満足そうに駆け出した。
「あっ……」
見失うと思って小走りで駆けると、そこは石畳が敷き詰められた場所だった。手前には鳥居がある。
(ここは……神社?)
辺りをきょろきょろと窺っていると、楽しげな声が聞こえてきた。
「おー、よしよし。お前、ちょっと太ったんじゃないか?……お前は逆に痩せたか? ちゃんと食べないと」
猫が数匹、袴姿の男を取り囲んでいる。猫たちはおのおの自由に過ごし、まさしく猫の集会だ。
だが、その中心人物の男を見て、絃乃は頬をひくつかせる。
「あ、葵……?」
しばらくの間があった。お互い、見てはいけないものを見てしまったような、奇妙な間が開く。先に息を吹き返したのは、彫像のように固まっていた弟のほうだった。
「…………なんで姉さんがここにいるわけ」
「え、そこの猫さんの案内で……」
「お前かー。犯人は」
葵は白猫の両脇に手を差し込み、抱き上げる。猫の細長い体がぷらーん、ぷらーんと左右に揺れる。白猫はいい仕事をしたとばかりにキリッとした表情だったが、不意にタンッと飛び降りる。その視線は神社の入り口を見つめていた。
葵と絃乃もその視線の先を追う。すると、そこから見覚えのある男が申し訳なさそうに出てきた。
「葵くん。お楽しみ中にすみません」
参道から現れた詠介に最初に反応したのは絃乃だった。
「……え、詠介さん……?」
「あれ……絃乃さん、どうしてこちらに?」
「あ、あの偶然、猫を追いかけてきてここに来てしまって……」
「そうでしたか」
和やかな雰囲気に水を差したのは棘のある声だった。
「それより、俺に何か用だったんじゃないんですか?」
「ああ。そうでした。父が探していましたよ。探し物が見つからないとかで」
「わかりました。すぐに行きます」
葵が安請け合いをすると、急いでいるのか、詠介が名残惜しげに絃乃に向き直る。絃乃もまだ話し足りないが、引き留めることもできないと眉を下げて見つめた。
「僕も配達があるので失礼しますが……ではまた。絃乃さん」
「あ、はい……」
奇妙な間の後、詠介が背中を向ける。時間がないのは本当らしく、早足でザッザッと音が遠ざかる。
(ああ……もう少し話していたかったな)
けれど、感傷に浸る間も短く、ちくちくと視線が突き刺さる。
雪のように白い猫だ。体はすらりと細く、身軽に塀からジャンプして下りてくる。ひたひたと足元まで来ると、足首にすり寄ってきた。
(お茶菓子の匂いが着物についてたのかしら?)
しゃがんで顎をさすってあげると、みゃあ、と鳴く。気持ちよさそうに首を伸ばすので、しばらく構ってあげると、突然猫がたっと走り出した。
しばらく行った先で自分を振り返り、こちらをジッと見つめてくる。
(ついて来いってことかしら?)
おとなしくついていくと、再び猫が歩き出す。のんびりとした速度なので、充分に追いつける。猫はちゃんとついてきているか定期的に確認していたが、絃乃の姿を認めると、満足そうに駆け出した。
「あっ……」
見失うと思って小走りで駆けると、そこは石畳が敷き詰められた場所だった。手前には鳥居がある。
(ここは……神社?)
辺りをきょろきょろと窺っていると、楽しげな声が聞こえてきた。
「おー、よしよし。お前、ちょっと太ったんじゃないか?……お前は逆に痩せたか? ちゃんと食べないと」
猫が数匹、袴姿の男を取り囲んでいる。猫たちはおのおの自由に過ごし、まさしく猫の集会だ。
だが、その中心人物の男を見て、絃乃は頬をひくつかせる。
「あ、葵……?」
しばらくの間があった。お互い、見てはいけないものを見てしまったような、奇妙な間が開く。先に息を吹き返したのは、彫像のように固まっていた弟のほうだった。
「…………なんで姉さんがここにいるわけ」
「え、そこの猫さんの案内で……」
「お前かー。犯人は」
葵は白猫の両脇に手を差し込み、抱き上げる。猫の細長い体がぷらーん、ぷらーんと左右に揺れる。白猫はいい仕事をしたとばかりにキリッとした表情だったが、不意にタンッと飛び降りる。その視線は神社の入り口を見つめていた。
葵と絃乃もその視線の先を追う。すると、そこから見覚えのある男が申し訳なさそうに出てきた。
「葵くん。お楽しみ中にすみません」
参道から現れた詠介に最初に反応したのは絃乃だった。
「……え、詠介さん……?」
「あれ……絃乃さん、どうしてこちらに?」
「あ、あの偶然、猫を追いかけてきてここに来てしまって……」
「そうでしたか」
和やかな雰囲気に水を差したのは棘のある声だった。
「それより、俺に何か用だったんじゃないんですか?」
「ああ。そうでした。父が探していましたよ。探し物が見つからないとかで」
「わかりました。すぐに行きます」
葵が安請け合いをすると、急いでいるのか、詠介が名残惜しげに絃乃に向き直る。絃乃もまだ話し足りないが、引き留めることもできないと眉を下げて見つめた。
「僕も配達があるので失礼しますが……ではまた。絃乃さん」
「あ、はい……」
奇妙な間の後、詠介が背中を向ける。時間がないのは本当らしく、早足でザッザッと音が遠ざかる。
(ああ……もう少し話していたかったな)
けれど、感傷に浸る間も短く、ちくちくと視線が突き刺さる。



