乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 そこで詠介は何かに気づいたのか、焦ったように言い添える。

「ひとつ断っておきますが、良家の子女に手を出すほど愚かではありませんし、あなたを無理やりどうこうするつもりは毛頭ないです。その点に関してはご安心ください」

 話は終わったと、詠介は立ち上がる。蔵の中を歩き出し、脱出に使えるものがないかを手探りで調べている。
 ここから逃げる手段を考えるつもりなのだろう。
 頭の中でそうわかっていても、心はそう簡単に割り切れなくて。

「だ、だったら……仮にもし、私も同じ気持ちだと申し上げたら、どうしますか?」

 気づいたら、心の声をそのまま出していた。
 大きな背中が、戸惑うようにぴたりと動かなくなる。返ってきたのは長い沈黙。
 絃乃はありったけの勇気を振り絞り、声を震わす。

「今はここから出られないかもという不安で鼓動がバクバクしています。でも、詠介さんがそばにいるとドキドキが大きくなっているんです」

 彼が振り返る。顔の輪郭もハッキリしていないのに、射るように見つめられる。視線が突き刺さり、影を縫い付けられたように動けない。
 詠介は一歩ずつ足を踏み出し、慎重な足取りで近づいてくる。

「つまりは僕のことを意識していると、そういうことですか?」
「そ、そうです……」

 改めて言われると気恥ずかしさがこみ上げ、声がしぼんでいく。

「なら今は、不安よりも僕のことで頭がいっぱいと?」
「わ、わざわざ確認しないでください!」

 口を尖らせて抗議する。詠介は無言のまま、絃乃の手首をつかんで自分に引き寄せた。抱きしめられていると絃乃が理解するまでに数拍の間があった。

「……あの……」
「わかりますか? 僕も同じなんですよ、さっきからずっと暴れています」

 絃乃は瞬き、おそるおそる大きな胸板に耳を寄せた。自分と同じくらい、大きく脈打つ心臓の音が間近に響く。

「ですが、あなたは白椿家のご息女。由緒ある華族の方です。遠くない未来、しかるべき身分の方との縁談が調うでしょう。そして、僕ではない男へ嫁いでいく。――ですから今だけ、もう少しこうさせてください」

 切々とした言葉が胸を締めつける。抱きしめられる腕に力が入っても、絃乃は抗えなかった。

(このまま時間が止まってしまえばいいのに)

 おずおずと詠介の背中に腕を回した。途端に、一層強く抱きしめられた。痛いほどの力が今は心地よく、しばらくお互い抱き合っていた。