「……詠介、さん……」
彼はどこか焦ったような顔で、しゃがみ込んだ絃乃のもとへ駆け寄る。
「どこか痛いですか? 立てますか?」
「……どうしてここに……助けに来てくれたんですか?」
おそるおそる尋ねると、彼はこくりと頷く。それから手を差し伸べられ、自分の手をそっと重ねる。ぐいっと力任せに引っ張られ、彼の胸になだれ込むような形になる。
(助けに……来てくれた)
感動に胸を震わせていると、不意に視界が暗くなる。
左右を見渡すと、先ほど開いたはずの扉が閉まるところだった。思わず腕を伸ばすが、無情にも扉は閉ざされて、閂が通されたような音が絶望に落とす。
詠介が扉を開けようと何度か試みるが、扉が開くことはなかった。
21. わざわざ確認しないでください!
明かり取りの窓から差し込む月光は頼りなく、視界が制限されているぶん、互いの息づかいが鮮明に聞こえる。
徐々に暗がりに慣れた目でも、顔色までは判断できず、おぼろげな輪郭だけが確認できる。絃乃が身じろぎできずに固まっていると、詠介が動く気配がした。
ずるずると引きずるような音がして、視線を音のほうへ向ける。どうやら、彼は壁際に座り込んだらしい。詠介は自分を戒めるような堅い口調で告げた。
「未婚の女性が男と密室で二人きりなど、本来あまりよくないのですが……」
道ばたで異性と話すことも、はしたないとされる風潮の中、彼の言い分は正しい。女学校の規則でも不純異性交遊は禁止されており、場合によっては補導されることもある。
だけど、前世の記憶を持った絃乃には、そんな問題は些事だ。それよりも気にすべきポイントは他にある。
暗闇で見えないとわかっていても、頬を膨らます。我ながら子どもっぽい反応だと思うが、乙女心は繊細なのだ。
「子ども相手に今さら、気を遣わないでください」
一拍の間を置いて、詠介が困ったように言葉を返す。
「そうは言われましても。あなたみたいな女性は初めてで……どう接していいか、計り兼ねているんですよ」
「……どういうことですか?」
思っていたのと違う答えに、彼の反応を探る。けれど距離が離れているせいで、彼が今どんな表情でいるのかすら、判別ができない。
期待しそうになる自分の心を必死に押しとどめ、彼の言葉を待つ。
「端的に言うと、僕があなたを慕っているということですよ」
暗がりの中で少し笑ったような反応が返ってきて、絃乃の思考は一時停止した。
(……今、なんて?)
聞き違いだろうか。これが幻聴だったら、なんて都合のいい台詞だろう。
絃乃は自分を奮い立たせ、干上がりそうな喉から言葉を発する。
「ご、ご冗談を……」
「あいにくですが、嘘やごまかしが得意な人間ではありません」
返ってくる言葉は事務的だったが、見つめてくる瞳は真摯だった。
その事実が余計、思考をかき乱す。混乱する頭で、必死に過去の出来事を思い起こし、彼が言った言葉を突きつける。
「だ、だって……以前は、妹のように思っていると……」
「あれは便宜上、ああ言うしかなかったというか。僕の本当の気持ちを知られたら、距離を置かれると思ったんです。あなたは華族のお嬢様ですし、立場をわきまえての表現でした」
「…………」
彼はどこか焦ったような顔で、しゃがみ込んだ絃乃のもとへ駆け寄る。
「どこか痛いですか? 立てますか?」
「……どうしてここに……助けに来てくれたんですか?」
おそるおそる尋ねると、彼はこくりと頷く。それから手を差し伸べられ、自分の手をそっと重ねる。ぐいっと力任せに引っ張られ、彼の胸になだれ込むような形になる。
(助けに……来てくれた)
感動に胸を震わせていると、不意に視界が暗くなる。
左右を見渡すと、先ほど開いたはずの扉が閉まるところだった。思わず腕を伸ばすが、無情にも扉は閉ざされて、閂が通されたような音が絶望に落とす。
詠介が扉を開けようと何度か試みるが、扉が開くことはなかった。
21. わざわざ確認しないでください!
明かり取りの窓から差し込む月光は頼りなく、視界が制限されているぶん、互いの息づかいが鮮明に聞こえる。
徐々に暗がりに慣れた目でも、顔色までは判断できず、おぼろげな輪郭だけが確認できる。絃乃が身じろぎできずに固まっていると、詠介が動く気配がした。
ずるずると引きずるような音がして、視線を音のほうへ向ける。どうやら、彼は壁際に座り込んだらしい。詠介は自分を戒めるような堅い口調で告げた。
「未婚の女性が男と密室で二人きりなど、本来あまりよくないのですが……」
道ばたで異性と話すことも、はしたないとされる風潮の中、彼の言い分は正しい。女学校の規則でも不純異性交遊は禁止されており、場合によっては補導されることもある。
だけど、前世の記憶を持った絃乃には、そんな問題は些事だ。それよりも気にすべきポイントは他にある。
暗闇で見えないとわかっていても、頬を膨らます。我ながら子どもっぽい反応だと思うが、乙女心は繊細なのだ。
「子ども相手に今さら、気を遣わないでください」
一拍の間を置いて、詠介が困ったように言葉を返す。
「そうは言われましても。あなたみたいな女性は初めてで……どう接していいか、計り兼ねているんですよ」
「……どういうことですか?」
思っていたのと違う答えに、彼の反応を探る。けれど距離が離れているせいで、彼が今どんな表情でいるのかすら、判別ができない。
期待しそうになる自分の心を必死に押しとどめ、彼の言葉を待つ。
「端的に言うと、僕があなたを慕っているということですよ」
暗がりの中で少し笑ったような反応が返ってきて、絃乃の思考は一時停止した。
(……今、なんて?)
聞き違いだろうか。これが幻聴だったら、なんて都合のいい台詞だろう。
絃乃は自分を奮い立たせ、干上がりそうな喉から言葉を発する。
「ご、ご冗談を……」
「あいにくですが、嘘やごまかしが得意な人間ではありません」
返ってくる言葉は事務的だったが、見つめてくる瞳は真摯だった。
その事実が余計、思考をかき乱す。混乱する頭で、必死に過去の出来事を思い起こし、彼が言った言葉を突きつける。
「だ、だって……以前は、妹のように思っていると……」
「あれは便宜上、ああ言うしかなかったというか。僕の本当の気持ちを知られたら、距離を置かれると思ったんです。あなたは華族のお嬢様ですし、立場をわきまえての表現でした」
「…………」



