葵の居場所はわかったけれど、きっと今の彼に詰め寄ったところで、何も話してくれないだろう。まだそのときではないから。
だったら機が熟するのを待つまでだ。
(今後のイベントから考えても、そんなに待つことはないと思うし……)
楽観的な考え方かもしれないが、時には待つのも戦略のひとつだ。ここで絃乃が下手に動くと、葵の身に危険が襲う可能性もある。彼が何から逃げているかもわからない以上、余計な行動は慎むべきだろう。
とはいえ、姉として弟が無茶しないか、心配するぐらいは大目に見てほしい。
佐々波呉服屋の店先が辛うじて見える位置から様子を探る。しかし、活発な従業員が呼びかけしている姿しか確認できない。
(もしかして、まだ学校の方なのかしら)
偶然会えたとしても、彼はきっと理由を話してくれないだろう。それどころか、邪険にされる気がしてならない。
その可能性に行き当たり、つい唸り声を上げる。
「……何を唸っているんだ?」
「頑固な書生の口を割らせる妙案に行き詰まっておりまして……」
「なるほど、お嬢さんの待ち人は書生か。しかも堅物な野郎とは。難儀なもんだな」
「ええ、まあ……。って、篝さんっ? いつからそこに?」
前の様子が気になっていたせいで、無意識に答えてしまったではないか。
背後にいた篝を恨みがましく見つめると、降参とばかりに両手を軽く挙げる。しかし、その顔に強ばりはなく、けろりとしている。
「誰かと思えば、絃乃お嬢さんだったか」
「それはこっちの台詞です」
「……それはそれとして、隠れているつもりだったんだろうが、見るからに怪しかったぞ。こんなところで何をしていたんだ?」
素朴な疑問という風に投げかけられ、うっと詰まる。言葉に窮していると、見かねた篝が助け船を出す。
「まあ、聞かれて困ることは、簡単には口には出したくないよな」
「……そういう篝さんこそ、何をしていたんです?」
責めるように言うと、篝はやれやれと肩をすくめた。
唇に人差し指を立てて、小声で教えてくれる。
「尾行だよ。気になる人物に狙いを定めて、行動を見張っていたわけだ。ただまあ、標的はもう逃げてしまったがな」
「標的?」
つられて通りの向こうを見るが、警官が数人話し合っているだけで、他に人影はいない。
「見張らなくていいんですか?」
「俺は深追いはしない主義だ。先方には感づかれたみたいだからな。引き時だ」
「そういうものですか」
「まあな」
篝は頷くと、思い出したようにズボンのポケットを漁る。鎖で繋がれた懐中時計の蓋を開け、焦ったように早口で告げる。
「おっと。これから取材があるんだった。秋で日の入りも早くなったんだから、お嬢さんも早く帰れよ」
「わかってますっ」
「じゃあ、またな」
くるりと背中を向けて、早足で去っていく。用事があるのは本当のようだ。
東の空はまだ薄青の色で、夕日が沈むまでには猶予がある。けれど、日が傾き始めたら暗くなるのはすぐだ。
ここは助言に従うべきだろう。
絃乃はすごすごと回れ右をし、帰宅の道をたどる。その姿を遠目に確認した若い男はほっと息をつき、佐々波呉服屋の裏手にある戸を引いた。
だったら機が熟するのを待つまでだ。
(今後のイベントから考えても、そんなに待つことはないと思うし……)
楽観的な考え方かもしれないが、時には待つのも戦略のひとつだ。ここで絃乃が下手に動くと、葵の身に危険が襲う可能性もある。彼が何から逃げているかもわからない以上、余計な行動は慎むべきだろう。
とはいえ、姉として弟が無茶しないか、心配するぐらいは大目に見てほしい。
佐々波呉服屋の店先が辛うじて見える位置から様子を探る。しかし、活発な従業員が呼びかけしている姿しか確認できない。
(もしかして、まだ学校の方なのかしら)
偶然会えたとしても、彼はきっと理由を話してくれないだろう。それどころか、邪険にされる気がしてならない。
その可能性に行き当たり、つい唸り声を上げる。
「……何を唸っているんだ?」
「頑固な書生の口を割らせる妙案に行き詰まっておりまして……」
「なるほど、お嬢さんの待ち人は書生か。しかも堅物な野郎とは。難儀なもんだな」
「ええ、まあ……。って、篝さんっ? いつからそこに?」
前の様子が気になっていたせいで、無意識に答えてしまったではないか。
背後にいた篝を恨みがましく見つめると、降参とばかりに両手を軽く挙げる。しかし、その顔に強ばりはなく、けろりとしている。
「誰かと思えば、絃乃お嬢さんだったか」
「それはこっちの台詞です」
「……それはそれとして、隠れているつもりだったんだろうが、見るからに怪しかったぞ。こんなところで何をしていたんだ?」
素朴な疑問という風に投げかけられ、うっと詰まる。言葉に窮していると、見かねた篝が助け船を出す。
「まあ、聞かれて困ることは、簡単には口には出したくないよな」
「……そういう篝さんこそ、何をしていたんです?」
責めるように言うと、篝はやれやれと肩をすくめた。
唇に人差し指を立てて、小声で教えてくれる。
「尾行だよ。気になる人物に狙いを定めて、行動を見張っていたわけだ。ただまあ、標的はもう逃げてしまったがな」
「標的?」
つられて通りの向こうを見るが、警官が数人話し合っているだけで、他に人影はいない。
「見張らなくていいんですか?」
「俺は深追いはしない主義だ。先方には感づかれたみたいだからな。引き時だ」
「そういうものですか」
「まあな」
篝は頷くと、思い出したようにズボンのポケットを漁る。鎖で繋がれた懐中時計の蓋を開け、焦ったように早口で告げる。
「おっと。これから取材があるんだった。秋で日の入りも早くなったんだから、お嬢さんも早く帰れよ」
「わかってますっ」
「じゃあ、またな」
くるりと背中を向けて、早足で去っていく。用事があるのは本当のようだ。
東の空はまだ薄青の色で、夕日が沈むまでには猶予がある。けれど、日が傾き始めたら暗くなるのはすぐだ。
ここは助言に従うべきだろう。
絃乃はすごすごと回れ右をし、帰宅の道をたどる。その姿を遠目に確認した若い男はほっと息をつき、佐々波呉服屋の裏手にある戸を引いた。



