乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 生乾きの髪を梳いていると、玄関のほうで物音がした。襖を少し開けると、父親の声が聞こえた。今夜は遅い帰りだ。
 水を飲もうと廊下に出たところで、声が近づく。

「まあまあ、たくさん飲んできたのですね」
「……若者から飲み比べを挑まれてな。つい飲み過ぎた」
「ほどほどにしていただかなくては。もう若くはないのですから」
「……善処する」

 母親にたしなめられた父親が声を小さくする。そして思い出したように、ああ、とつぶやいた。

「そろそろ、娘の将来のことも考えなければならないな」

 自分の話題になったため、反射的に自室に引き返して襖を静かに閉める。耳をそばだてて続く会話に集中する。

「婚約者を定められるのですか?」
「級友の中には、もう結納を済ませている娘もいるはずだ」
「それは、そうですが……少し早いのではありませんか? あの子にはもっと自由な時間が必要でしょう」
「ふむ。婚約者の選別にはじっくり時間をかけるべきか。絃乃の晴れ姿も早く見てみたいと思ったのだが」

 廊下から聞こえてきた声は、ちょうど自室の前を通り過ぎていく。

「これも時代の流れでしょう。今はわたくしたちのときとは違います。大切な娘だからこそ、その伴侶となる男性は娘を幸せにしてくれる者でないと」
「今の絃乃に結婚は早かったか」
「そうですわ。花嫁修業もまだなのに、せっかちに決めることではありませんわ」

 遠のいていく声を聞きながら、絃乃は細い息を吐いた。

「危なかった……母様のおかげで回避できたけれど、危うく私に婚約者ができるところだった」

 婚約者が決まれば、詠介への想いも捨てなければならなくなる。
 前世からの恋心を忘れられる日が来るかはわからないが、この恋は自分が納得する形で終わらせたい。
 自由恋愛がまだ認められない世の中、拒む権利は自分にはない。

(この恋に終わりが来るのだとしても。せめて、もう一度、ちゃんと気持ちだけでも伝えておきたい……)

 幕引きは自分の手で。
 両手をぎゅっと握りしめ、自由にできる時間は残り少ないのだと改めて感じた。