乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 珍しく早起きをした日。
 教室に入るなり、雛菊が駆け寄ってきた。その後ろに百合子が続き、二人に囲まれた絃乃は何ごとかと風呂敷の包みをぎゅっと握りしめた。

「絃乃はもう聞きまして? うちの下級生の家に現れたんですって!」
「え……何の話?」
「怪盗鬼火よ! 今度は蔵にあった家宝がいくつか盗まれたって話よ」

 興奮冷めやらぬ口調で言葉が返ってきて、絃乃は気圧されたように曖昧に頷いた。
 そんな雰囲気にも動じず、百合子は頬に片手を当てて、落ち着いた声で不安を吐露する。

「最近は令嬢失踪事件もあるじゃない。物騒な世の中になったわよね」
「あ、でもそれ、誘拐して身代金を要求しているって話じゃない? お金を受け取ったら、ご令嬢は無事に戻ってくるって……」

 雛菊の言葉に、百合子は整った眉を寄せる。

「だけど、かどわかされたのは事実でしょう。家に戻るまでの間、きっと心細いをしていたはずよ」
「確かにそうね……。そういえば、わたくしも気をつけなさいって言われたんだったわ」

 思い出したように言う雛菊を見て、百合子は視線を床に落とす。
 どこか落ち込んだような態度に絃乃が声をかけようとすると、沈んだ声が続いた。

「私のところは八尋様が特に心配していて。毎日、お迎えにきてくれる話になったわ……」
「……お迎えに? 毎日?」
「ええ。本当に心配性よね。帰りは(くるま)もあるのに」

 確かに、百合子は俥で送迎している。令嬢失踪事件は心配だが、一人で歩くわけでもないし、毎日迎えに来るというのは、いささか度が過ぎている。
 それを感じているのだろう。百合子の顔には色濃い困惑があった。

「でも、お仕事もあるでしょう? さすがに毎日お迎えに来るのは無理があるんじゃないかと思うのだけど」

 絃乃が言うと、同意を求めていたような食いつきで、百合子が顔を近づける。

「そうよね! お気持ちだけでもありがたいのに、これ以上ご迷惑はかけられないと思っていたの。でも実際に行動に移すのは難しいわよね」
「……一般的にはそうだと思う」

 つい視線をそらしてしまったのは、ゲームのスチルが脳裏をよぎったからだ。

(そういえば、心配だからと女学校にお迎えに来てくれるシーンがあったような……。でも記憶が確かなら、毎日ではなかった気がするし……)

 おそらくだが、百合子の心配する事態にはならないだろう。

(それよりも問題は令嬢失踪事件よね。ゲームで絃乃が消えるのはどこかのパーティーの後だったはず。夜会には注意しないと……)

 新たな決意を胸に、自分の席に着く。まもなくして始業の鐘が鳴った。