乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 彼は不思議そうに首を傾げ、呆然と突っ立っている絃乃の前に立つ。

「……不躾ですが、先ほどの彼とは、どういったご関係なんでしょうか……?」
「彼は今、うちで預かっている子なんですよ」
「記憶喪失だったと聞きましたが……」

 ――須々木(すずき)葵。確か、そう名乗っていたはずだ。

(本当は白椿葵なのに……どうして偽名なんて……)

 前に会ったときのことを回想していると、詠介が意外そうな顔をした。

「おや、そんなことまで言っていましたか。六年前、記憶喪失でさまよっていたときに、巡回中の医師に拾われたそうで。自分の身に関することは名前しか覚えてない状態だったとか。ただ、その後引き取った高齢だった養父母が亡くなり、いざというときに頼れ、とうちを訪れまして」
「……そう……なんですか」
「それから面倒を見ているんですよ。ただ、まだ記憶も思い出せないみたいで」
「……思い出せない? 名前以外にですか?」
「そうなんです。日常生活に支障はないのですが、自分の家族についてはまったく」

 おかしい。話が食い違っている。

(前世の記憶と一緒に、ぜんぶ思い出したって言っていたのに……?)

 先ほどのやり取りから、葵が詠介に信頼を置いているのは充分伝わってきた。そんな相手に噓をつくのは、よほどの理由があるからではないだろうか。

(狙われていると言っていたことと関係があるの? 狙われているって一体、誰に?)

 謎は深まるばかりだ。けれど、いくら考えても答えはわからない。

「ところで、絃乃さんはどちらに向かうところだったんですか?」
「あ、……ええと。実は詠介さんの顔を見に。お店に行ったら会えるかと思って……」
「それなら、入れ違いにならなくてよかったです」

 人懐っこい笑みとともに言われ、絃乃は今更ながら不純な動機に後ろめたくなる。
 そんな心中を知らない詠介は気さくに話しかける。

「ちょうどよかった。僕もお話ししたいと思っていたんです。この後、お時間はありますか?」
「あ、はい。大丈夫です……」
「でしたら、いつものお店に行きましょうか。おごりますよ」
「……お誘いは嬉しいのですが、お仕事の最中だったのでは?」
「今は区切りがついて、休憩に入るところだったので問題ないです。さあ、参りましょうか」

 詠介にしては少し強引だったが、断る理由もないので、そのまま彼の背中に続いて来た道を戻った。