乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 塀の上から百日紅(さるすべり)の桃色が見える。空を目指すように花房がこぼれんばかりに咲いている様子を横目に、民家の角を曲がる。

(詠介さんに会いたい……)

 本業の仕事が忙しいのか、副業のゲーム案内役としての役目が忙しいのかは定かではないが、何日も詠介に会えていない。彼と会うことが癒やしとなっている絃乃にとっては、完全に詠介ロス状態だ。
 今日は華道の授業があり、教師からお小言をもらったダメージも大きい。
 以前に比べたら多少マシになったものの、一般的なレベルにはほど遠い出来映えに、ちくちくと嫌みを頂戴した。言われることはそのとおりなので、反論もできなかった。

(癒やしが……足りない)

 もう我慢の限界だと、絃乃は呉服屋がある通りにいた。
 河川敷に詠介の姿はなく、お店のほうに出ていると予想して来たのだ。

(勢いで来てみたけど、お店に行ったら迷惑かな……)

 二軒先には佐々波呉服屋がある。今なら引き返すこともできる。けれど、ここまで来たのだから、せめて顔だけでも見たい。
 相反する気持ちを抱え、行ったり来たりを繰り返していると、ふと鼠色の袴が目に入る。
 首元まで覆うスタンドカラーのシャツに木綿の(かすり)を合わせ、腰元には書生袴。足元は紺足袋に下駄を履いている。
 少し伸びた前髪と顎のラインを確認し、とっさに彼の袖をつかむ。

「葵!」

 彼は驚きに目を見張っていたが、引き留めたのが絃乃だとわかると、さっと手を振り払う。見つかってしまった負い目なのか、すぐに背を向けてぼそりと言う。

「……悪いんだけど、今は急いでいるから」

 早歩きで立ち去ろうとした葵は、前から歩いてきた人とぶつかりかけ、たたらを踏む。一方、正面衝突しかけた通行人は親しげな声をかける。

「おや、葵君じゃないですか。また父の頼まれ事ですか?」
「詠介兄さん……」

 え、と顔を上げると、葵の前方には詠介がいた。彼は絃乃には気づいた様子はなく、心配するような目を向けていた。

「父は人使いが荒いので、無理をさせていませんか? 学業に支障が出るくらいなら断っていいんですよ」
「……いえ、滅相もない。お世話になっているんですから、このぐらいは朝飯前です。成績も落としていませんし、問題ありません」
「そうですか? 何か困ったことがあったら、すぐに言ってくださいね」
「はい!」

 なんだろう、この差は。
 前世でも今世でも姉となった自分よりも、よほど慕っていると見える。見えない溝を感じ、ささくれ立った心を持て余す。
 そんな姉の様子には気づかず、葵は頭を下げて詠介を見上げる。

「すみませんが、急ぎますので。ここで失礼します」
「ああ、はい。引き留めてすみません」
「いえ!」

 張りのある声とともに一礼し、葵は人混みの中に紛れていく。その後ろ姿を見つめていると、詠介が今気づいたように声を上げる。

「絃乃さん? こんなところでどうしたんです?」