乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 いつもは校庭の木陰でお弁当を広げるが、あいにくと今日は雨だ。雨の日は椅子を持ってきて、百合子の机に集まって食べるのが恒例だ。

「百合子のお弁当はいつもながら豪華ね」
「そういう絃乃だって、おかずの種類が多いじゃない。彩りもきれいだし」
「でも重箱のお嬢様と比べると、やっぱり差を感じるわ……」

 断続的に降る雨音を聞きながら、卵焼きを口に頬張る。連日、梅雨空が続いているため、晴天が懐かしく感じる。
 たけのこの煮物を箸でつまんでいると、先に食べ終わっていた雛菊がぼやく。

「今も正体不明って、つくづく謎に包まれているわよねえ」

 雛菊が読んでいるのは号外新聞のようだった。

「何をそんなに真剣に読んでいるの?」
「怪盗鬼火の記事よ」
「……なあに、それ?」

 初めて聞く言葉に首を傾げる。
 すると、雛菊だけでなく、百合子にも驚いた顔をされた。

「絃乃ってば、知らないの? 神出鬼没の大怪盗、鬼火よ。青い炎を見たらご用心! 気づいたら家宝が盗まれていた! って有名じゃない」
「全然知らなかった……」

 箸を置くと、雛菊が人差し指を立てて解説を始める。

「鬼火はね、犯行声明として、現場に新聞の切り抜きで作った鬼火というカードを置いて逃げる泥棒なの。警備の網をかいくぐり、資産家の宝石や金子を盗むことで知られているわ」
「それは義賊なの?」
「ううん、たぶん違うわね。狙われるのは資産家だけど……、盗んだものを貧しい人に分け与えるって話は聞いたことがないわ」

 雛菊が悩ましいといったように腕を組んでいると、百合子が口を挟む。

「でも最近はおとなしかったわよね。鬼火の犯行って」
「そうそう、ここ数年はその名前は聞かなかったのよね。てっきり怪盗稼業は引退したものだと思っていたけれど、違ったようね」

 新聞記事を見せてもらうと、有名社長の金庫から家宝の掛け軸が盗まれたということが代々的に書かれていた。怪盗の性別や身長も不明、華麗な手口で犯行を続ける犯人の考察があったが、どれも推測の域を出ない。

(怪盗か……。今まで狙われていたのが宝石や金目のものなら、失踪事件とも関係なさそうね)

 書生捜しは難航している。
 名前も顔も知らない、どこの家に住んでいるかも不明。

(正直なところ、探しようがないのよね)

 唯一、知っていそうな人といえば詠介だが、彼ともここしばらくは会えていない。何度か河川敷に顔を出してみたが、忙しいのか、彼が姿を見せることはなかった。

(会いたいなぁ……)

 彼は今、どこで何をしているだろうか。雨だから外でスケッチはできないだろうけど、家の中で描いていたりするのだろうか。
 会えない期間が長くなればなるほど、恋しく思う。校庭に視線を転じると、依然として空はどんよりとしたぶ厚い雲に覆われており、やまない雨が窓を濡らしていた。