「一雨来そうな天気ですこと」
怪訝な顔でつぶやく百合子を見て、絃乃も空を見上げる。
「向こう側は真っ暗ね。雨が降る前に帰らなくちゃ」
真上は明るい青空だが、奥から灰色と黒の雲が忍び寄っている。まもなく梅雨だ。あまり長話もしていられない。
車寄せでは、お嬢様を待つ車夫や乳母の姿がちらほらとある。上級生のお姉様方がお抱えの車夫の手を借りて俥に乗り、からからと鉄輪が回る音とともに去っていく。
百合子は俥での送迎だが、絃乃は家が近いため、徒歩で通学している。ちなみに雛菊は掃除当番のため、教室で別れの挨拶を済ませている。
会話を終えようと声をかけようとしたところで、百合子が驚いたように声を弾ませる。
「あら、自動車だわ。どこの家の車かしら?」
「……まあ、本当ね」
他人事のように感想をつぶやいていると、駐車していた自動車のドアが開く。
長い足が出てきたかと思えば、すらりとした長身の男が立ち上がる。薄い灰色の三つ揃えのスーツ、絹のタイとポケットチーフ、そして小粋なフランス靴。
肩につくほどの茶色がかった長髪は、リボンで結われている。
突然現れた紳士は女学生の視線を集めていることに気がついたのか、にこりと笑みを浮かべた。途端、前方から黄色い悲鳴が上がった。
その反応に慣れているのか、紳士は驚いた様子はなく、きょろきょろと辺りを見渡す。
ほどなくして生徒の輪の奥にいた百合子を見つけると、獲物を狙うように切れ長の双眸を細めた。
「百合子さん、お待ちしておりました」
ざわついていた生徒が左右によけ、百合子は足を踏みだす。絃乃もその後ろについていった。
「……雪之丞様? なぜここへ?」
「愚問ですね。ぜひ一緒に晩餐を楽しみたいと思いまして」
流れるような仕草で優雅に腰を折る姿は舞台俳優のようだ。
対して、百合子は当惑した表情を浮かべている。
「そんな、困ります。あなたとの縁談は断ったはずです」
「そこがわからないのですよ。この婚姻は両家のためになると思うのですが。考え直してみてはいただけませんか?」
怪訝な顔でつぶやく百合子を見て、絃乃も空を見上げる。
「向こう側は真っ暗ね。雨が降る前に帰らなくちゃ」
真上は明るい青空だが、奥から灰色と黒の雲が忍び寄っている。まもなく梅雨だ。あまり長話もしていられない。
車寄せでは、お嬢様を待つ車夫や乳母の姿がちらほらとある。上級生のお姉様方がお抱えの車夫の手を借りて俥に乗り、からからと鉄輪が回る音とともに去っていく。
百合子は俥での送迎だが、絃乃は家が近いため、徒歩で通学している。ちなみに雛菊は掃除当番のため、教室で別れの挨拶を済ませている。
会話を終えようと声をかけようとしたところで、百合子が驚いたように声を弾ませる。
「あら、自動車だわ。どこの家の車かしら?」
「……まあ、本当ね」
他人事のように感想をつぶやいていると、駐車していた自動車のドアが開く。
長い足が出てきたかと思えば、すらりとした長身の男が立ち上がる。薄い灰色の三つ揃えのスーツ、絹のタイとポケットチーフ、そして小粋なフランス靴。
肩につくほどの茶色がかった長髪は、リボンで結われている。
突然現れた紳士は女学生の視線を集めていることに気がついたのか、にこりと笑みを浮かべた。途端、前方から黄色い悲鳴が上がった。
その反応に慣れているのか、紳士は驚いた様子はなく、きょろきょろと辺りを見渡す。
ほどなくして生徒の輪の奥にいた百合子を見つけると、獲物を狙うように切れ長の双眸を細めた。
「百合子さん、お待ちしておりました」
ざわついていた生徒が左右によけ、百合子は足を踏みだす。絃乃もその後ろについていった。
「……雪之丞様? なぜここへ?」
「愚問ですね。ぜひ一緒に晩餐を楽しみたいと思いまして」
流れるような仕草で優雅に腰を折る姿は舞台俳優のようだ。
対して、百合子は当惑した表情を浮かべている。
「そんな、困ります。あなたとの縁談は断ったはずです」
「そこがわからないのですよ。この婚姻は両家のためになると思うのですが。考え直してみてはいただけませんか?」



