乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 趣味は草花のスケッチ。だけど、働いている場所はもちろん、寝泊まりしている家の場所も知らない。現状、知らないことのほうが多い。
 うつむく絃乃の肩を抱いて、百合子が優しく笑いかける。

「お名前は知っているんでしょう。大した進歩じゃない。絃乃さんには絃乃さんのペースがあるもの。ゆっくりお互いを知っていけばいいんじゃないかしら」
「百合子……」

 ただ、ゲーム案内役という都合上、おそらく百合子は知っているはず。初心者向けの乙女ゲームだから、選択肢に困ったときに助けてくれる仕様になっていたから。顔なじみくらいには親しくなっていても不思議ではない。
 もしかしたら、絃乃よりもヒロインである百合子のほうが会っている回数は多いのかもしれない。

(あ……どうしよう。ちょっと泣きそうになってきた)

 彼には重要な仕事があるのだ。初心者でも乙女ゲームを無事クリアできるように助けるという大事な使命が。その使命を前に、モブキャラと恋愛をする余裕はないかもしれない。
 初めて現実を冷静に分析し、絃乃は涙目になった。

(好きだから落とすと息巻いていたけれど、現実的には不可能なのかもしれない)

 困った。けれど、諦めたくない。
 この思いは自分だけのもの。乙女ゲームの攻略はヒロインの役目。モブキャラの役割は彼女の恋愛の相談に乗ったりすること。それさえ守れば、自分の恋を追い求めたっていいはずだ。彼は困るかもしれないけれど。

(人生ったままならないものね。どうにか状況を打破するきっかけでもあれば……)

 しかしながら、現状打破する一手はすぐに思いつくはずもなく。
 横に座る百合子の顔色もあまりよくない。

「百合子につきまとっているという男も、どうにかしないといけないわよね。どんどんエスカレートしているのでしょう?」

 絃乃が心配そうに言うと、百合子は深くうなだれた。相手が言うことを聞いてくれない場合は、力ずくでどうにかするか、地位が高い者が諫めるか。
 百合子は芯は強いが、お嬢様であることに変わりない。父親は中将らしいが、両親は剣術よりも華道や茶道を勧めた結果、大和撫子といった楚々といった少女に成長した。もし成人男性に強引にこられたら、太刀打ちできないだろう。

(ゲームでは困っていると、他の攻略キャラが颯爽と駆けつけてくれたけれど。どこまでがゲーム通りかわからないのよね……)

 大丈夫よ、と安請け合いはできない。ほとほと困っていると、後ろの席から男が口を挟む。

「お嬢さん方。お相手の方が心配なようなら、興信所に伝手がありますよ。何なら紹介しましょうか?」