乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 離れたくない。もっと話していたい。
 けれど、それには理由や関係性が必要だ。それは知り合って間もない絃乃と詠介には、ない。
 その場で動かない絃乃を心配したのか、詠介が少しかがんで顔色を窺ってくる。

「どうかしましたか? 具合でも悪いですか」
「……あの。また会えますか?」

 勇気を振り絞って言うと、詠介は驚いたように目を丸くした。

「僕に、ですか?」
「は……はい……」

 婚約者でもないのに、会いたいだなんて、はしたないと思われたかもしれない。
 しかし、この機会を逃すと、またいつ会えるかも分からない。
 ヒロインなら接点もあるだろうが、サブキャラクターの自分に次のチャンスが来るかは不確定だ。彼がゲームのサポートに回ることを考慮すると、会えない確率のほうが高い。

(ああでも、会いたいってストレートに言うんじゃなくて、またスケッチが見たいとかって言ったほうがよかったかも……)

 焦って言葉の選択を間違えたと後悔していると、考えこむように顎に手を当てていた詠介がそっと腕を下ろした。

「僕でよろしければ、喜んで」
「……っ……」

 はにかんだような笑顔に、本気で呼吸困難になるかと思った。

(心臓の音が……バクバクしてる……)

 激しくなる鼓動を鎮めようと両手を胸に当てる。深呼吸を二回繰り返したところで、詠介が首を傾げた。

「絃乃さん? どうしました?」
「……い、いえ。今後とも、何とぞ、よろしくお願いいたします……」

 深々と頭を下げると、詠介も同じようにお辞儀をする。

「はい。こちらこそ」

 柔らかそうな波打った髪を見つめながら、絃乃は切なくなる恋心を持て余す。

(せっかく生まれ変わったのだもの。私は――彼を落としてみせる)

 目の前には、前世で絶対に恋仲になれなかった相手。一番恋い焦がれた彼を前にして、諦めるという選択肢はなかった。